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短編小説「俺を振り向かせて」

 俺は誘惑と必死に闘っている。日曜日の昼下がりの行きつけのカフェにこんな誘惑が舞い込むなんて誰が予想できたか。俺が誘惑と格闘している様子を向かいの席に座る親友のユウキがニヤニヤしながら見ている。
 ユウキはスマホを操作し、俺にメッセージを送ってきた。
 “絶対振り向くなよwww”
 俺はさらにムッとしてメッセージを返さず、ユウキを睨んだ。そんな俺にお構いなくユウキはニヤニヤしている。
 そんな時、店員を呼ぶチャイムが鳴った。
 男性店員は俺の後ろのテーブルで立ち止まったようだ。俺の後ろのテーブルに座る女性2人の声が聞こえる。
「すみませーん、この抹茶ラテとメロンソーダをお願いしまーす」
「抹茶ラテとメロンソーダをお1つずつですね。かしこまりました」
 男性店員は注文を聞くと厨房へ戻った。
「いや、どっちも緑じゃん。ってかユミの服も緑じゃん。ウチらどんだけ緑好きなの。ウケる」
「マジじゃん。ウケる」
 ウケるか、ボケ。俺はあなた達のおかげで振り向けないんだぞ。
 そう、俺の苛立ちの原因は後ろのテーブルの2人だ。


 俺とユウキはお互いの都合が合えばこのカフェでよく会っていた。話すことなんて他愛もないことだ。仕事の調子とか、最近発売されたゲームのこととか。
 最近、ユウキには彼女が出来て、惚気話をよく聞かされる。今日もそんな感じだった。
「いや、本当彼女のいる暮らしって最高だぜ」
「あーそうですか」
 俺はユウキの話半分にコーヒーを啜った。
「ミナトも彼女作りなよ」
「彼女は作るもんじゃないの。好きな人が出来てそれから彼女になってほしいなって願うものなの」
「女性雑誌のコピーみたいなこと言うなよ」
「というか、今は彼女とか考えてられないし、仕事も趣味も充実してて女性のことはあんまり興味ないかな」
「ほんとか〜?じゃあ目の前にめっちゃ可愛い顔の女の子がいても何も思わない?」
「思わないかもな。俺、外見で判断しないから」
「絶対嘘だな」
「女性の事考えるなら、何か資格の勉強でもしてた方がマシかな。あの学生みたいに」
 俺はユウキの斜め後ろのテーブルに座って参考書とノートを広げてシャーペンを走らせている男子学生を顎で指した。
「おい、いつからそんな消極的になったよ。もっと遊んでいこうぜ。遊べるのは若いうちだぞ?」
「俺は若いうちに知識とか経験とかを積み上げておきたいんだ。女性のことは二の次だよ」
「ふーん」
 そんな会話をしていると俺の後ろのテーブルに2人の女性が座ったようだ。少し高い声で会話をしている。
「ユミ久しぶりだよね〜」
「うん、サヤカも元気してた?」
「最近仕事ばっかでさ〜」
 そんな会話が聞こえてはいたが俺は気にせずコーヒーを啜った。
「あ、ってか聞いて。あたし胸大きくなったさ」
 俺は無意識のうちに動きが一瞬止まったと思う。ユウキはそんな俺の動きを見逃さなかった。
「そうだよね!?会った時から思ってたんだけど、大きくなったよね?」
「やっぱり分かる?」
「うん、大きいね〜」
 やっべ、めっちゃ振り向きたい、と思った時、ふとユウキを見た。ユウキはニヤニヤして、声には出さず「デカい」と頷きながら口を動かした。マジかよ……。
 ユウキのさらに後ろの男子学生もシャーペンを止めて顔を上げていた。
 男子学生に、勉強しろと思っていた時、スマホが鳴った。確認するとユウキからメッセージだ。
“まさか振り向こうと思ってないよな?www”
 俺は眉間に皺を寄せた。
“女の子には興味ないんだよな?二の次なんだよな??外見では判断しないんでしょ〜www 資格の勉強でもして気を紛らしたらどうかな〜??www”
 俺はさらに眉間に皺を寄せ、ユウキを睨んだ。そんな俺を見てユウキは、
「ダメだからな?」
 と、ニヤニヤしながら煽ってきた。


 あー!めっちゃ振り向きたい!
 そんな俺のことはお構いなく、後ろの女性は会話を続ける。
「しかし、めっちゃ大きいね。めっちゃ見ちゃう」
「ちょっとやめてよ〜」
「だって本当大きいもん。もともと大きかったよね?」
「そー、だから余計に目立つし服とか困ってる〜」
「2サイズくらい大きくなった?」
「どうだろ、もっとかな」
「ヤバ」
「あまりに大きいからブラ買いに行ったもん。でも店に無くて通販で買った」
「ヤバ」
 俺も同感です。余程大きいんだろうな。めっちゃ振り向きたい。すると、スマホが鳴った。
“ちょっと耳ふさげ”
 ユウキからの指令だ。別に従う必要はないが、なんとなく耳を塞いでみた。
“もういいよ”
「なに?」
“カップのサイズ言ってた”
「おまえ、それくらいは良いだろ」
“だめ、カップを聞いたら予想がついちゃうじゃん”
 俺はせっかくの楽しみを取り上げられてイスの背もたれにうなだれた。
“聞いたらびっくりする。興奮より驚きが勝つ”
「マジかよ……」
 すると、男性店員が後ろのテーブルに来た。
「お待たせしました抹茶ラテと……メロンソーダです。ご注文以上でよろしいでしょうか?……ごゆっくりどうぞ」
 あー、店員になりたい。
「うわ〜めっちゃ緑じゃんウケる」
 女性の声を聞くたびに振り向きたい欲が増してくる。
 男子学生に目をやると全く勉強をしていなかった。俺の後ろのテーブルをチラチラ見ている。勉強しろ。
「なんか頼む?」
 いつの間にか空になったコーヒーを見てユウキが呼び出しボタンを押した。
 すぐさま男性店員はやって来た。
 そんな時、後ろからまたしても会話が聞こえてきた。
「うそ、柔らか〜い」
 俺、ユウキ、男性店員、男子学生の動きが一瞬止まった。俺以外の3人はその一瞬で俺の後ろへと視線を運び刹那の確認後、視線を戻した。
「え、めっちゃ最高じゃん。なんだろ、シュークリームみたいな感じ?」
「例えないでよ。ってかもっと良い例えにしてよ」
 俺はこの空気に耐えられず、
「すみません、アイスコーヒー1つ」
「あ、はい。アイスコーヒーですね?」
 と、男性店員を現実に戻した。
「頼む?」
 と、ユウキがメニュー内のシュークリームを指差した。
「頼まない」
 男性店員は苦手笑いをして「アイスコーヒー1つ、以上でよろしいですか?」と確認した。
「お願いします」
「かしこまりました」

 俺は振り向きたくてたまらなかった。
「まだダメ?」
“たぶん振り向いたら店中総ツッコミだな、あんなこと言っておいて結局振り向くんかい!!ってwwww”
 ユウキの惚気話に強がったことを後悔した。やっぱり女性大好きです。
 しばらくして男性店員がやって来た。
「アイスコーヒーです。ごゆっくりどうぞ」
「ありがとうございます」
 と、返事をした後、男性店員が持つお盆にシュークリームが乗っていた。頼んだ覚えはないのに。
 俺が思った通りで、男性店員はシュークリームを俺らのテーブルには置かずに下がった。男性店員はその後、男子学生のテーブルへ向かった。
 男性店員がシュークリームを男子学生に何も言わず静かに差し出したのが見えた。
 頼んだんかい!勉強しろ!!
 男子学生はおもむろにシュークリームを右手の手のひら全体で優しく掴んだ。
 俺は見ていられなくてコーヒーを一気に飲み干した。
「どうした?」
 俺は後ろの男子学生を顎で指した。
 ユウキは振り向いて手を叩きながら笑った。
 男子学生は少し顔が赤くなっていた。
「俺、あの子みたいに純粋に生きてみたいわ」
「そうだな」

 しばらくすると、男性店員がやってきた。
「お待たせしました」と、シュークリームを2つ俺たちの前に置いた。
「え、頼んでないですよ」
「あ、あちらの学生さんから……」
 男子学生を見ると会釈をされた。
「めっちゃ柔らかいですよ」
 男性店員は一言添えて下がった。
 俺は席を立ち、男子学生のテーブルへ向かった。
「勉強しろ」
 と、俺は男子学生に声を掛け、がっちりと握手をした。
 俺は自分の席に戻ろうと振り返った。その時、俺の席の延長線上の女性が視界に飛び込んできた。
 俺はめちゃくちゃびっくりした。





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