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短編小説「沖縄で言え」

 沖縄は素晴らしかった。その一言に尽きると修学旅行帰りのバスで余韻に浸っていた。
 綺麗と表現するのが簡単過ぎて失礼にあたりそうなほどの海だった。海無し県で育った僕に衝撃を与えた。沖縄の夕陽は都会のビルに邪魔されることなくその姿全てを晒け出して海に溶けていき、思春期真っ只中の僕の心に溜まった悩みを消していってくれた。
 「大人になったらまた来よう」と数年後の自分に約束し、沖縄に別れを告げた。

 首都高速を走るバスは、渋滞に巻き込まれてしまい、予定の到着時間は大幅に押していた。その時間こそが僕にとっては沖縄の余韻に浸る時間になったので悪くはなかった。家に着くまでが遠足ですよ、というのは本当だな。
 また明日以降は普段通りの高校生活に戻ると考えると、少し残念な気持ちでいた。

 車内は静かだった。数時間のフライトからのバス移動であったため、クラスメイトは眠っている人がほとんどで、起きていても友達を起こさないように小声で話すせいで車内はエンジン音やエアコンの風の音がよく聞こえた。
 僕の隣にいる笹本も寝ていた。座りながらの睡眠は苦しいだろうな。腰や首が痛むだろう。そんな眼差しで見ていたら、笹本が目を覚ました。
「あれ?今どこ?」
「まだ高速道路」
「長っ」
 そう言うと笹本は姿勢を直し、再び目を閉じた。しかし、一度起きてしまったからなのかしばらくして目を開けた。
「お前は寝ないの?」
「なんか寝れない。あと今寝ると家で寝れなくなる」
「子どもかよ」
「高校生は子どもだろ」
「ホテルで夜更かしばっかだったんだからあんまり変わらないだろ」
 笹本は自分の荷物を弄り始めた。沖縄で買ったクジラのストラップを自分のスマートフォンに付けた。しかし、明らかに邪魔な様子なので外し、ペンケースに付け替えた。
「美ら海水族館行ったの?」
「そう。でっかい魚見た。カラフルな魚もいたし、とにかく珍しかったよ」
「じゃあ今度寿司でも食い行くか」
「お前は残酷だな」
 もちろん本気で言ったわけではない。
「そういえばお前って、ひめゆりの塔とか防空壕に真剣だったよな」
「まあね」
 その通りだ。僕は歴史が大好き故に、第二次世界大戦の舞台でもあった沖縄はその側面でも好きだった。風に揺れるサトウキビ畑を見ながら島唄を口ずさんだり、戦没者の慰霊碑で当時の時代背景を頭に叩き込んでいたからか涙が自然と流れたり、僕にとって首里城や美ら海水族館やアメリカンビレッジやバナナボートは二の次、三の次だった。
 地元では感じられない自然に囲まれながら、歴史に身を投じる。幸せな時間だった。
「アメリカンビレッジでたくさんお土産買った。特にバンドTシャツと缶バッジ」
 笹本の洋楽趣味はよくわからないが、「現代っ子なんだな」と簡単に解釈を済ませた。
「沖縄最高だな。また行きてえ」
「たしかに」
「今度行ったら、巨人軍のキャンプ地観に行くわ」
「沖縄行ってまで野球はもったいないだろ」
「もちろんそれだけじゃ無くて、国際通りも行くよ」
 笹本の口から出るのは全部現代的だった。
「笹本、もっと自然とかに興味持てよ」
「海とか?確かに綺麗だけど、海なら静岡とか神奈川にもあるし毎年行ってるし、沖縄行ってまで泳ぐ、とはならないな」
「それが理解できないんだ」
「俺には防空壕の中ではしゃぐお前が理解できない」
 まあ、この部分はそれぞれの価値観ってことだな。普段旅行をしない僕からしたら自然や歴史はテンションが上がるけど、旅慣れてる笹本からしたら自然はどっちでも良いのかもな。


「やべー、ちょっと酔ってきたな」
「笹本、大丈夫か?」
 具合の悪そうに笹本は下を向いている。確かに車内にずっといれば風通しも悪いし、空気もなんだか重たい気がした。
「たぶん、そろそろサービスエリアで一旦休憩とかありそうだけどな」
「マジで?ちょっと持ち堪えるわ」
「吐くなよな」

 それから10分ほどでサービスエリアに着いた。トイレに行く者、トイレ行くふりして売店で買い食いをする者、少しの気分転換をそれぞれが有効活用した。
 笹本はトイレに行った。僕も気分転換にバスから降りて、トイレの出口前で笹本を待つことにした。
 数分後、笹本がスッキリしたような顔で戻ってきた。
「いやー、助かった」
「吐いた?」
「内緒」
「バス戻るか」
「ちょっと売店行こうぜ」
「そんな時間ないよ、戻るぞ」
「修学旅行も終わりか〜」笹本が背伸びをする。
「あっという間だったな」
「またいつも通りに戻るのが残念だな」
「まあな、でも楽しかったな」
「おう」
 そう言って、僕はバスに戻ろうと歩き始めた時、
「おい!見てみろよ!」
 振り向くと笹本が空を指差していた。
「星めっちゃ綺麗じゃね!?」

 僕は少し笑って笹本に飛び蹴りをかました。





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