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短編小説「魚からの景色」

 平日の午前中に病院にいるなんて僕にとっては非日常だ。風邪をひいてしまった。少し気持ちが落ち込んでいる。
 病院の待合室の隅で小さくなりながら、僕は番号札38番が診察室前のモニターに表示されるのを呆然と待っていた。
「番号札21番でお待ちの方、診察室へお入りください」
 僕が呼ばれる頃には昼に近くなっていることだろう。

 社会人になってから数年、カレンダー通りに自宅と職場を行ったり来たりの生活を送っているが、なんとまあつまらないことだろう。何かに情熱をかけることをほとんどしていない。
 たまに学生の頃の友人に会って「どんな仕事してるの?」なんて言われても、上手く説明ができないのは、やり甲斐を重視した就職活動ではなかったからだろう。かといって、おざなりな仕事をしているわけではなく、それなりの給料を貰っているわけなので、真面目にそつなくこなしている。
 僕は将来、何をしているんだろう。

 診察室では暇つぶし用にテレビが設置されており、情報番組を映している。診察を待つほとんどの人がテレビを見つめていた。僕もその例に倣ってテレビを見た。
 テレビでは若者の〇〇離れをテーマに議論されていた。酒、タバコ、車、テレビなど様々な事に若者は興味を示さないらしい。
 僕もまだ若者と呼ばれる部類だと思うし、このテーマに納得の頷きである。理由を聞かれても困ってしまうが、本当に興味が無いんだ。職場でも一回り以上歳の離れた先輩や上司と話が噛み合わないことがある。
「最近の若者は人とのコミュニケーションが苦手だって聞きますが、SNSが普及したからでしょうか?」
 テレビでアナウンサーがコメンテーターに話題を振った。
「それもひとつだと思いますね。わざわざ直接会わなくてもメッセージのやり取りができてしまう。しかし、いざ会えばどこか緊張してしまうなんて相談ケースもあるそうですよ」
 なんとなくわかる。実際の表情はさておいて画面に打ち込むメッセージは心が躍っているように思える。
 僕の頭の中に「人間関係」という言葉が重くのしかかる。その後に仕事先での人間関係が思い起こされ、必死に消してしまおうともがく。ああ、疲れたな。どうして嫌な記憶はこんなにも鮮明に覚えているのか。
 僕は視線をテレビからモニターへ移した。数字は27となっている。

 また視線を移し、近くの水槽を見た。熱帯魚が数匹泳いでいる。
 この熱帯魚たちの1日のスケジュールはどうなっているのだろう。睡眠と決まった時間にエサを食べる以外の時間は何をしているのだろう。この狭い水槽の中を漂うだけなのだろうか。朝はコレをして、昼はアレやって、夜はソレをするなんてことを考えているのだろうか。熱帯魚の表情は全く変わらないからどんなことを考えているのか分からない。
 あの魚が嫌い、この魚は仲良くしてくれる、とか魚関係で悩むことはあるのだろうか。僕は人間目線でしか考えられないからふと疑問に思ってしまう。
 もし、全く何も考えていないとするならば、なんて幸せなんだろう。悩むことのない生涯が羨ましい。いや、その逆か?残りの寿命をただ呆然と漂うだけ、仕事や結婚やその他の魚との関わりが無い分、苦しむことも少ないが幸せというものを感じないのかな?
 この熱帯魚から見た僕はどんな風に思えるのだろう。診察室にいる人間は大抵が苦しそうな顔をしているから、それと同じように苦しそうに見えているのかな。それとも何も考えていないのかな。
 熱帯魚は病院の診察室で飼われていることに満足しているのかな。もっと違う生涯を歩みたいとか考えてるのかな。
 熱帯魚は、面白いって何かわかるのかな。

 「続いては週末特集!今回は今月オープンしたばかりの水族館です!」
 テレビからそんな声が聞こえてくるもんだから視線が引き寄せられた。
 水族館か。行ったことないな。というか娯楽施設に行ってみようとも思わなかったな。行ってみようかな。
 眉間に皺が寄った僕の表情は少し緩くなり、目尻が下がった。
 そんな僕をこの熱帯魚はどう思うだろう。





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