見出し画像

短編小説「左回りの目覚まし時計」

 久しぶりに会った亜衣は相変わらず甲高い声だった。
「超久しぶり〜!!」と言えば、ポケモンのトゲピーの鳴き声と間違うほどだ。
 亜衣とは小学生から中学生まで同じ学校で、家も近所なので毎日一緒に登校する仲だった。高校生の頃は別々の高校だったが、都合がつけば数ヶ月に1回会っていた。亜衣と会うのは成人式以来で、今日再会するまでに5年の月日が流れていた。
「未央、変わらないね〜!歌手活動はどう?」
「まあまあかな」
 私は高校卒業してから歌手になりたくて上京した。亜衣や他にも仲の良かった香奈や雅美は地元の大学を経て就職をしている。
「亜衣は仕事の方はどう?」
「もう3年目だからね、徐々に慣れていっているよ」
 私達は待ち合わせ場所から移動し、小さい頃みんなでよく遊んでいた若宮神社に来た。

「今日、香奈達は来ないの?」
「あー、香奈は赤ちゃんのお世話で難しいって」
「そうだ!香奈って結婚して子どもいるんだよね!早いよね〜!」
 香奈は2年前に結婚して今年めでたくママになった。出産報告で赤ちゃんの笑った顔を見たが香奈にそっくりだった。
「雅美は?」
「雅美はね、今はシンガポールにいるよ」
「シンガポール!?初めて知った!」
「今日のことを連絡したら、転勤でシンガポールにいるって」
「まあでも、雅美は海外に行きたいって言ってたから好都合だったのかもね」
 みんなそれぞれの道を自分なりに進んでいるようだ。

 今日は私達にとって大切な日だ。小学生の頃に埋めたタイムカプセルを掘り起こすからだ。いつも遊んでいたこの若宮神社のあまり人が通らない日陰で暗くなった林にタイムカプセルを埋めた。
「未央は埋めた場所覚えてる?」
「うん、向こうの方だったよ」
 そう言って、私達は心当たりの場所を掘り探してみた。
 もしかしたら誰かが掘り起こしているかもしれないという不安は杞憂に終わった。
「あった!!未央、あったよ!」
「良かった〜、よく残ってたよね!」
 土から掘り起こされた灰色の卵型のタイムカプセルはすっかり茶色くなっていた。しかし頑丈なことに穴が空いている等の不安要素は無かった。おそらく中身も無事だろう。
「なんかこれ、恐竜の卵見つけたみたいだね」
「あ、確かそれ埋める時に香奈が言ってたよ」
「そうだっけ?」
 私達は笑い合いながらタイムカプセルに付いた土を落とした。
 懐かしさとちょっとの緊張感が混ざりながらタイムカプセルを開けた。
 中には思い出のこもったそれぞれの当時の小物と自分への手紙が入っていた。
「亜衣は何入れたの?」
「懐かしい!お父さんの電卓だ!」
 亜衣は小学生の頃、算数が大好きだった。父親が銀行員ということもあり、電卓を叩く父親を真似して学校で電卓をいじっていたのが思い出された。
「手紙はね、お父さんと同じようにぎんこういんになっていますか?だって。なってるよ〜」
 そう、亜衣は地元の銀行で働いている。
「なんだかんだ、銀行員くらいしか興味がある仕事がなかったんだよね〜、お金好きだし」
「小さい頃からの目標を叶えてるってすごいよ」
「いやいや、未央の方がすごいって。未央は何入れたの?」
「私は、目覚まし時計」
「目覚まし時計?」
 私はよく寝坊をする子だったからお気に入りの目覚まし時計に毎日起こされていた。
「今は寝坊してない?」
「えーっと、してるね」
「変わらないね〜、手紙は?」
 私は手紙を開いた。2枚ほどあり、小学生の自分が頑張っていること、中学で陸上部に入りたいことなどが書かれていた。そして最後には「獣医になっていますか?」と書いてあった。
「今と全然違うな」
「え、でも歌手って凄いじゃん!」
「うーん、全然売れてないからな〜路上ライブが中心だし」
「でも未央のお母さんにスーパーで会った時、「未央が100人の目の前でライブしたらしいの」なんて自慢げに語ってたよ」
 私は恥ずかしくなった。
「親バカなんだから」
「なんかね、未央のお母さんはやっぱり心配してるんだなって感じたな〜会うたびに未央の歌手活動の話をしているし、それか自慢したいだけかもね」
「圧倒的後者だと思う」
 私は心の奥がつままれるような感覚を覚えた。
「でも、ギリギリ生活できているんでしょ?」
「うーん、そうは言っても歌手だけじゃなくて音響スタッフやったり、他のアーティストのレコーディングに参加してピアノとかギターを収録したりで稼いでるから、歌1本ってわけではないかな」
 今度は心が刺されるような感覚がした。
「それで稼げてるのは十分凄いよ!」
「……ありがとう」

 香奈と雅美の手紙は亜衣が実家に届けてくれることになった。
 ちなみに香奈は小学生の頃に使っていた鉛筆をたくさん入れていた。使えないほどに短くなった鉛筆ばかりで、どこかドングリに似ていると思った。6年生の頃、みんながシャーペンに色気付く頃に香奈は頑なに鉛筆を使っていた。「勉強した分鉛筆が短くなるから、自分の努力がよくわかるのが好きなの」と言っていた気がする。
 そんな香奈もお母さんになっている。子供にも同じことを伝えていくのかなと温かい気持ちになった。
 雅美は当時よく履いていたランニングシューズだった。雅美は足が可愛いほど小さかった。男子から足の小ささを揶揄われたりバカにされたりしても負けずにいた。むしろ誇りに思っていたんじゃないかな。男子を含めても学年で5本の指に入るほどの足の速さだったから。
 すると、雅美から連絡が来た。マーライオンとのツーショットで「今日は行けなくてごめんね」と送ってきた。なんだか微笑ましかった。
 雅美は異国の地で仕事を頑張っている。私からしたら尊敬以外の何ものでもない。


「未央はいつ東京に戻るの?」
「今日の夜、だいたい7時くらいかな」
「そうか、また帰ってきたら連絡してよね。忙しいとは思うけど」
「絶対するよ」
「私は未央が活躍するの楽しみにしてるからね、早く紅白出てよね」
「道のりが遠いな〜」
 そう言ってお互い自宅へ帰った。



 私は目覚まし時計と手紙をリュックに入れて東京行きの電車へ乗った。
 私は呆然と窓の外を眺めていた。もうそろそろ通っていた高校の最寄駅を過ぎる。その先には高校が見えてきて、目印の大きな橋が見えてくるだろう。懐かしいな。
 私はため息をついた。
 何気なくスマートフォンを開き、まだ返信していないメッセージの内容を確認した。

「来月のシフトの提出をお願いします。出来れば次に出勤した時に提出してください」

「今月末のライブイベント、チケットノルマ20枚達成できてないのお前だけだぞ。友達でも家族でも呼んで埋めておけよな」

「未央、身体に気をつけてね。歌手活動頑張るんだよ!今度おばあちゃんにも歌手の話聞かせてあげてね。凄く喜ぶから」
 母親だ。母親には本当に申し訳ないと思っている。

 私はリュックから目覚まし時計と電車に乗る前にコンビニで買っておいた電池を取り出した。今でも目覚まし時計が使えるか気になった。
 目覚まし時計の裏面から小学生の頃の電池を取り出し、新しいものと交換した。
 すると、秒針が動き始めた。
 少し驚いた。
 私は目覚まし時計を持ったまま、再び外を眺めた。だんだんと故郷は小さくなっていく。
 もう一度スマートフォンを開き、雅美から送られてきた雅美とマーライオンのツーショット写真を眺めた。
 次に少し遡って、香奈の子供の画像を眺めた。
 亜衣は、相変わらずだったな。ちゃんと銀行員になってるんだもんな。
 私はどうなりたいんだろう。漠然とした形の無いものがふわふわと漂っているだけで重量を感じない何かが、私の頭上にあって、いつしか落ちてくるような気がした。
 スマートフォンにメッセージが届いた。

「シフトの提出もなんですが、来週の水曜日、出来れば出勤してくれると助かります。井上くんが大学の講義で入れないらしいので」

 私は大きくため息をついた。
 このままじゃフリーターのままだ。自称歌手のフリーター、なんてかっこ悪いんだ。
 頭の中で「早く紅白出てよね」と亜衣の声が聴こえた。
 いつ溢れたかは分からないが、私は涙を流していた。
 手に持っていた目覚まし時計を無意識のうちに左回りへと回転させていた。少し気持ちが疲れてからは回転させる手を止め、目覚まし時計をリュックへと戻した。東京に着くまであと50分程だ。私は目を閉じて眠った。

 リュックの中で目覚まし時計は容赦無く時を刻み続けている。





 読んでいただきありがとうございました!おもしろいと感じていただけましたら、スキ、コメント、SNSでの拡散、購入でご支援をいただけましたら幸いです!

ここから先は

0字

¥ 100

期間限定 PayPay支払いすると抽選でお得に!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?