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短編小説「カレーハンバーグドリアな生活」

 終わらねえ。それを言ったとて、何か解決するわけでもなく、一人暮らしのこの部屋で呟いたとて、誰かが共感や励ましや応援をしてくれるわけでもない。ただ口からこぼれるだけだ。
 なぜ深夜2時に俺はギターを抱えて、コントのネタ帳を広げ、シリアスな展開の脚本をパソコンの画面に映しているのだろうか。どんな感情で創作すれば良いのか分からない。「〆切」という言葉が嫌いになる。
 少し整理しよう。まず明日の午前中にデモ音源を作成して、映像制作の挿入歌としてインスト曲を監督に送らなければならない。次に明日の昼までにコントを仕上げてコント番組のコンペに提出しなければならない。最後に明日の夜の舞台稽古までに脚本を修正して演出家へ提出しなければならない。なんだこれは。なんとかなる。多分なんとかなると思う。なんとかなるんじゃないかな…?まあ、ちょっとは覚悟しておくか。
 もっと細かく言えば、生活費の支払いやアルバイトのシフト提出、未読のままで4日ほど放置したままのメッセージへの返信、ゴミ出しなど、やらなければならないことが多過ぎる。
 小学生の頃、夏休みの宿題は1日目で全て終わらせるタイプだったのに、20歳の今はその逆だ。みんな夜更かししながら宿題やっていたのかな?

 自分の肩書きは?と聞かれれば、少し困ってしまうが、「作家です」と答えている。本来であれば作家活動に専念したいところだが、それだけでは食べていけないのが辛いところだ。どうしても芸能界というか表現活動の世界で生きていたい。だったら自分の特技を武器にどんな仕事でも引き受けなければ。それが自分にとって作家であり、ギターであり、お笑いであるわけで、こんな若輩者が生きていくことにプライドだとかこだわりだとかはまだ早いと自分は思っていた。
 自分にできることではありつつ、好きなことだから、ちょっとの苦労は全然平気だ。睡眠時間を削ってでも好きなことに神経を注ぐことができるのはある意味幸せなことだろう。
 まあ、注いだ結果が〆切ナイトフィーバーなのは自分のせいだが。
 好きなことを詰めすぎて頭が悪くなりそうだ。という現状を面白がっていないと、良いアイデアが生まれてこないだろうな。

 とりあえず、音源はこんな時のために日頃から録音していたフレーズを数曲引用して組み合わせたり、そのフレーズに音を足したりしてなんとか完成させた。デモ音源なので荒削りなくらいがちょうどいい。ストックしていたフレーズを何曲か消費してしまったな。また録音して増やさないと。

 さて、次はコントだ。ここで注意しなければならないのは時間だ。現在深夜2時17分。しょうもないことが面白すぎるように感じる魔の時間帯だ。この勢いで取り組むと、朝見返した時には穴があったら入りたいくらいにつまらな過ぎて恥ずかしい作品が出来上がる。それだけは避けたい。
 ネタ帳は開いたまま白紙の状態だ。まず鉛筆を走らせないと。
 少し気を紛らわせようとスマートフォンを弄った。羽田さんからLINEが来ていた。俺は羽田さんにシリアスな舞台脚本を明日の夜までに送らなくてはいけない。こんな時間になんだろうか。メッセージを開くと画像が1枚だけ送られてきた。
 場所はおそらくカラオケだろう。そしてマイクを持って泣きながら歌っている女性がいる。なんて酷い顔だ。あ、相澤さんか。
 相澤さんは関わっている舞台に出演する舞台女優さんだ。明日の夜の稽古にも来る。しかも俺が修正している脚本は相澤さんが登場しているシーンがほとんどだ。
 羽田さんからメッセージが届いた。
「相澤が彼氏と別れたらしい。ミスチルの名もなき詩ばっかり歌ってる。ウケる」
 知らねえよバカ。こっちはそれどころじゃねえんだよ、ていうか、相澤さんのシーンを修正してるんですが!?相澤さんが台詞の言い回しが難しいからって、言いやすいように台詞考えてますけど?名もなき詩のアレをスラスラ歌えてたら怒るぞ。
 俺は「楽しそうですね」と返信してスマートフォンを閉じ、深いため息をついた。
 さあ、考えないと。

 もうすぐ3時になろうとしている。全く思いつかない。俺は気分転換に近所のコンビニに行くことにした。夜食でも摂ってリフレッシュしよう。こんな時間に物を食べるなど愚の骨頂だが、この不健康さが逆に背徳感があって心地良い。
 映像制作の監督からも「おまえはいつも不健康そうな顔をしているな」と言われる。そう、ではなくて不健康なんだけどな。
 外はもちろん真っ暗だった。近所は住宅街で街灯も少ない。家の電気もついていないから暗すぎる。みんな寝ているんだ。
 こうして1人で夜道を歩いているといろいろなことを考える。もちろん〆切間際の作品のことも考えるが、少し先の将来の夢や地元の友達の現在を想ってしまう。
 俺は何になるんだろうか。今は好きなことで生活することがギリギリで、そんな生活は苦しさと嬉しさが入り混じって面白いんだよな。30歳になった俺は何をしているんだろう。作家を続けているのか、音楽をしているのか、お笑いの道に命をかけているのか、はたまた地元へ帰って静かに暮らしているのか。まだ先のことなのに不安と期待が交互に見え隠れして、今日という日を無駄にしたくないとさらに思えた。好きなことを詰め込んだ生活を今は楽しんでいこうか。

 コンビニの店内は眩しかった。黒縁メガネの30代後半の男性店員が気怠そうに対応をしている。この人はフリーターなのか、夢を追っている人なのか。
 俺は缶コーヒーを手に取り、弁当コーナーへ向かった。こういう時に高カロリーな物を摂るのが楽しいんだよな。
 唐揚げ弁当か、大盛りナポリタンか。さて、どれにしようか。と、商品を見比べていると珍しいものがあった。
「カレーハンバーグドリア?」
 なんだこの頭の悪そうな弁当は。
 興味本位で手に取ってカロリー表示を見ると案の定4桁に迫ろうかというほどの高カロリーだった。
 深夜限定で販売しているのかと思うほど、見かけたことがないので、とても珍しかった。
 ちょうどお腹は空いているし…

 店内には俺しか客がいなかった。温めて終わるまで数分を無言で待っている。電子レンジのモーター音だけが聞こえている。
 こういう時を利用してネタをよく考えている。目的もなくただ時間が過ぎるのを待っている時は頭が空っぽで、新しいアイデアが浮かびやすい。
 あー、面白いってなんだろうな。

 温め終わった頭の悪そうな食べ物を受け取り、俺はコンビニを出た。
 カレーハンバーグドリアね。
 誰が考えたんだろうか。そしてそのアイデアにGOサインを出した上司がいるってことだよな。誰も反対意見を出さなかったのかな。どうやって商品化したのかな。みんながみんな「それ、おもしろそうじゃん?」みたいなテンションだったのかな。深夜に会議でもしたのかな。
 部屋までの帰り道はカレーハンバーグドリアのことで頭がいっぱいだった。
 部屋に戻るとすぐにカレーハンバーグドリアにスプーンを入れた。カレールーとチーズを混ぜ合わせる。ハンバーグを半分にしてみれば中からチーズが出てきた。なんだこれは。カレーチーズインハンバーグドリアじゃん。「好物全部詰め込んじゃいました弁当」だな。
 好物全部。俺の視線の先にギター、ネタ帳、脚本がある。
 これを食べたら太るだろうな。また運動しないとな。このまま寝たら胃もたれ凄いだろう。いや、その前に〆切は守らなきゃ。
 あー苦しい。でも美味しい。
 俺はすぐに食べ終えてコント作りに戻った。





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