見出し画像

そこには蕾がある

 懐かしい友人の岡田栄子ちゃんからメールが来たとわかったときは嬉しかった。
 ……が、メールの件名をみた途端にその嬉しさは消え去り、見たくもないものへと変わってしまった。
 件名『神山花織様へ 十九期卒 Gクリエイティブ専門学校同期会開催の案内』。
 この手の連絡はいつか来るとは思っていた。
「卒業から十年か。そうだよね。そりゃ来るよね」
 私は夢であるゲームクリエイターになるべく専門学校に進学し、勉学に励んだ。
 卒業生の情報くらい掴んでほしい。なんてものを送ってくるんだまったく。
 とてもこのメールを開くにはなれない。同期会なんて参加したくない。
「……同期会なんて自慢話や愚痴を聞く場所じゃん。時間の無駄よ」
 脳内会議ですぐに不参加決定の判決がでた。栄子ちゃんには悪いけど、このメールには返信どころか、見ることすらしない。
 私は心の中で栄子ちゃんに謝罪しつつ
メールを完全に削除した。
「はぁ、月曜日から疲れる」
 まだ週の始まりだというのに、気分はすでに五営業日分の疲れを背負っている感覚だった。
「気分変えよ」
 私は週末の楽しみに買っておいたビールを冷蔵庫から引っ張り出し、一気に体の中へ注ぎ込んだ。
「ぷはぁー! 美味!」
 酒に逃げるなと脳内の天使がささやくが、これは立派な社会人のストレス解消法であると、論破して黙らせた。なんの問題もない。現に私は気分が最高である。
 もうこのまま最高の気分の状態で寝てしまおう。今なら最高の睡眠を体験できる。
 私を服を脱ぎ捨てて、ベッドへ体を沈めた。すると同時に、私のスマフォがなり響く。
 ……誰だまったくこんなタイミングで。
「もしもし?」
「あ、花織ちゃん? 久しぶり! 夜にごめんね! メール、見てくれた?」
 電話口からの声を聞いて、私は言葉を失った。「ゲッ」と口から漏らさなかった自分を褒めたい。同時に、着信画面を見ずに出てしまった自分を叱りつけたい。
「あれ? 花織ちゃん?」
「あ、ああ。ごめん、栄子ちゃん。ちょっといきなりだったから驚いちゃって」
 冷静になるんだ。落ち着け、私。
「そうだよね! 驚いちゃったよね! 私も案内来たとき驚いちゃったよ! もうテンションマックス! いても立ってもいられなくて花織ちゃんに電話しちゃった。日曜日、楽しみだね!」
「に、日曜? 来週よね?」
「違うよ、今週だよ! よかった電話しといて。もう、花織ちゃんのうっかりさん。当日会えるのとっっても楽しみにしてるね! それじゃ!」
 一方的に喋り、一方的に切られてしまった。
 そうだ、思い出した。栄子ちゃんってそういう子だった。気持ちを抑えられないというか、猪突猛進というか、思い込みが激しいというか、自分勝手というか。
 だけど、憎めなくていい子なんだよなぁっと、振り返りたくもない過去を懐かしんだ。
 きっと今頃、そのテンションが上がったまま、幹事のところへ参加の連絡をいれているんだろうね。
 ……私の参加も込みで。
「これは、仮病作戦にシフトだな」
 本来であれば栄子ちゃんのように、かつて夢を共有し会った仲間に再開できることを、喜ぶべきなのだろう。私も正直いえば会いたい気持ちはある。
 みんなが今どうしているのか、ライバルと思っていたアイツは何を今やっているのか
、知りたいと思う欲求はある。
 けれど、私はどうしても会いたくないのだ。
「どの面下げて会えばいいのよ」
 卒業してたった二年で逃げ出したこんな私を。今は閲覧数が少ないブログで、妄想に近い物語を書くことしかできないこんな私が。

 私のメールがまた鳴った。見なくてもわかる。きっと栄子ちゃんからで、同期会参加の受付完了メールである。

「参加するといい」
「は?」
 次の日、朝出社するといきなり私の雇い主兼伯父さんが言ってきた。「おはようございます」の挨拶もなしにいきなりだったので、一瞬何を言ってんだと本気で思ったが、察しがついた。
「なんでおじさんが同期会のこと知ってるの?」
「昨夜、お前の恩師から講演依頼が来たからな。そのついでに十九期卒の同期会の話を聞いたんだ。ぜひ、ゲストといてどうですかって。しかし今回はすごいところでやるな。大帝国ホテルとは恐れ入ったよ」
 私の知りたくもない情報をおじさんは上機嫌に喋ってくる。
 大帝国ホテル? 知らないし、関係ない。
 おじさんはそこそこ有名な作家で、よくクリエイター系の学校から講演、もしくは臨時講師の依頼がよく来る。
 特に私の母校には多額の出資をしている関係で、パイプも太く、私が在学中にも講演に来たことがある。
「おじさんだけで行けばいいよ」
「おいおい、そんな事言うなよ。せっかくの話だ、お前も参加するといい。確かに、行きづらいのもわかる。だが、行ってみたら見えづらくなっていたものが、よく見えるようになるかもしれないぞ?」
 何カッコつけてんだこのおっさんは。
 私は返事の代わりに、ため息をついて仕事に取り掛かるのであった。

 同期会当日。私はアレほど行きたくなかった同期会会場の大帝国ホテルの前にいた。
 あれからずっとおじさんに、「同期会に参加しなさい」としつこく言ってきた。私も意地になって無視し続けたのだが、「参加しなければ半年間給料を三十%カットする」とブラック企業のアホ社長みたいなことを言ってきて、とうとう私が折れた。
「足元見やがってあのパワハラジジイめ」
 なぜあそこまでして参加させたいのか。今更同期と会って何になるのか。
 やっぱり帰ろう。そう決意したときだった。最近耳にした可愛らしくテンションが高い声が聞こえてきた。
「あ! 花織ちゃん! もう来てたんだね!」
「栄子……ちゃん」
 声の方を振り返ると薄いピンク色のパーティドレスをまとった栄子ちゃんがいた。
「久しぶり! 会いたかったよぉ! ここで何してたの? あ、もしかして私が来るの待っててくれたの? きゃー! 嬉しい! 一緒に行こう!」
 栄子ちゃん。君はホントにいつでもテンションマックスだね。ああ、懐かしいなぁ。
 私は栄子ちゃんのテンションに飲まれ、そのままの勢いで会場の中へ連行された。
 私の不安でいっぱいだった。

「あ、神山じゃん。おひさ」
 会場に入るなり、すぐに声がかかる。こちらも聞き覚えがある声。
「進藤くん。久しぶりだね」
 進藤くんは同期の中で一番の優等生で、出世頭であった。最大手のゲーム会社で結果を残し、今は自分で会社を設立している。
 進藤くんは共に切磋琢磨した、一番の仲間であり、ライバルであった同期だ。
 そして、今一番会いたくなかった同期である。こんなときに、栄子ちゃんがいないなんて。
「どうしたの? そんな隅っこで。一人?」
「一人なのは見ればわかるでしょ。あと隅っこなのは、私が隅っこが好きだから隅っこにいるの」
 会いたくなかった気持ちから、言葉に棘があると自分でも感じてしまう。話しかけただけでこんな棘があること言われたら、せっかくの気分が台無しになってしまうだろうな。
 私だったらすぐに退散する。
「ああ、知ってる。一人だったから声をかけたんだ」
 そう言って、進藤くんは手に持ったシャンパンを一気に飲みをした。
「なぁ、神山。俺のところで一緒にやらないか?」
「え?」
 予想外の言葉に私は目を丸くする。
「……進藤くん。ありがたい話だけど、今私はもう業界にいないの」
「ああ、知っているよ。知った上で神山を誘ってるんだ」
 私はすぐに「同情」の言葉が脳裏に浮かんだ。こんな私を哀れんでるんだ。悔しい、ムカつく。私は沸々と怒りがこみ上げて、手に持っていたグラスを投げつけたくなった。
 けど、投げつける前に進藤くんが言葉を続ける。
「言っておくけど、同情じゃないぜ。いくら同期でも実力のないやつと一緒に働く気にはなれないから」
「……じゃぁ、答えはもうでてるじゃない」
「神山。お前、ブログで物語書いてるだろ?」
 ――え、うそ。なんで知ってるの?
「実は全部見させてもらっている。相変わらずすごいな。そして毎回面白いんだ。俺にはあんな面白い物語作れないんだ。どうしても」
 ――え、全部読んだの?
「確かに、業界は離れてしまったけど、実力は変わってない。俺はそう確信している。だから声をかけたんだ」
 進藤くんは懐のから名刺を一枚出してきた。
「これ、俺の連絡先。いい返事まっているよ」
 そう言って進藤くんは、他の同期の方へ言ってしまった。
 私はしばらく、栄子ちゃんが帰ってくるかまで、その場で立ち尽くしたままだった。

「な? 行ってよかっただろ?」
「う、うるさいな」
 同期会の次の日、出社するなりニタニタとおじさんにイジることとなった。
 おじさんもゲストということで、参加しており、なんと進藤くんとのやりとりを、全部見られてしまったのだ。
「よかったなぁ。楽しい思いもできて、給料もカットされなくて」
「もうわかったって! ありがとう!」
 これはしばらくイジられるなぁ。そう諦めに近い覚悟を決めたとき、二通のメールが届いた。一通目は栄子ちゃんからのランチのお誘いのメール。
 もう一通目は、進藤くんからだった。
 こちらは仕事の打ち合わせの内容であった。
 そして進藤くんのメールの最後には、食事のお誘いの内容が記載されていた。
 偶然にも栄子ちゃんとランチに行く日。
 けれどスケジュールを見ると、夜は空いていそうだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?