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夢見八兵衛【二代目桂小南の噺】

あらすじ

夢ばかり見て、ろくに仕事も出来なくなった八兵衛のもとに、源兵衛さんが、一夜限定のアルバイトを勧めます。
「一晩留守番をするだけで、2円(明治時代の価値では約2~4万円)」「『つり』の番」「顎付き(食事付き)」という条件に、八兵衛は乗り気ですが……!?
割のいいアルバイトには、一癖も二癖もあります!?

コメント

プロットがはっきりしていて、落ちが小気味よい噺で、昭和50年代当時は、東京人にも受け入れやすいネタだったそうです。「〜のコンクールがあったら出てみたい」のフレーズが、個人的に推しです。私生活でもよく使うようになりました(笑)
一見、江戸時代の噺のようですが、「円」が通貨になっていることや(円が通貨になったのは明治に入ってから)、2円が大金であることなどから、おそらく、明治前半を舞台にした噺だと思われます。
因みに、他のバージョンでは微妙な差異があって、『昭和の名人極め付き72席』の分では、八兵衛は休職中ではなく、「内職やってます、えらい!」となっています。


眼鏡屋盗人

えー、ようこそおいでいただきまして、ありがとうございます。
えー、しばらくの間でございます。どうぞ、ひとつ、我慢をしていただきますが。


画像はイメージです。

~1~

八兵衛(以下:八)「こんちわ」
源兵衛(以下:源)「おう! どうしたどうした。こっちへお入り」
八「こんちわ」
源「どした?」
八「こんちわ」
源「お入り」
八「こんちわ」
源「お入りちゅーねん」
八「ふう……」
源「どうしたんや? 今、うちの家内が迎えに行ったじゃろ」
八「今、うちの家内が迎えに行きました」
源「お前までがうちの家内言う奴があるか」
八「まあ、ええ、仲良く使お
源「な、なんだ、お前は。……こっち、上がっておいで。どうした? はっきりせんなあ顔して。え? どっか、体の具合でも悪いのか?」
八「何か知らんが、頭がブワーっとしましてな。自分でも生きてんのか死んでんのか、わからないんです」
源「へえ」
八「それで、あんたもう、何をやっているんだがわからない。あっ、それにもう、この、夢を見てしょうがないんです」
源「……夢を!?」
八「もう、仕事していても夢見る、ごはん食べていても夢見る、道歩いていても夢見る、今ここに来るまでに、三つ、見ながら来たんですがな。また、そろそろ見かけてますがな、今。えー、もう、夜なんか、夢を見て、寝られないんです……
源「寝ているから夢を見るんじゃないか」
八「いえ、そうじゃないですよお~ええ。もう、寝て見て、夢見て、その夢の中でまた夢見るんですなあ。その夢の中でまた夢見て、また見て、また見るから、二遍や三遍起こされても、元に戻らないんです
源「それじゃ、仕事が出来ないじゃ……」
八「ええ、仕事ずっと休んでます」
源「……そりゃいかんなあ」
八「ええ、朝から何にも食べてないんです」
源「かわいそうに。食欲がないのか?」
八「いえ、食べるものがないんです
源「何じゃいなあ~。しょうがないなあ~。いや、実はな、お前にな、頼みたいことがある。銭儲けさせてやろうと思ってな」
八「銭儲け? 有り難い! 銭儲け! なんっでもやりますっ! もう、銭儲けなら、なんっでもやりますっ!」
源「そうか。一晩ひとつ、留守番をやってもらいたい」
八「留守番を?」
源「んん~、2円出すがな」
八「2円? うっわ~、有り難いなあ~、今日び一生懸命一日働いて、せいぜい30銭か35銭。それが、一晩で2円。えー、一晩てなこと言わずに、生涯やります」
源「いやいや、一晩で結構。やってくれるか?」
八「ええ……(頷く)」
源「うー、留守番やぞ」
八「わたし、留守番大好き」
源「お前、留守番好きか?」
八「ええ、もう、十八番(おはこ)、じゅーはちばん。留守番のコンクールがあったら出てみたいと思ってるんです……」
源「ほうかあ……ああ、そうそう。後になってから言われたら困るから、断っておくが、釣りの番や」
八「釣り? ん! 十八番(おはこ)、じゅーはちばん! 釣りのコンクールが……」
源「お前、何でもコンクールやなあ。ええ、やってくれるか?」
八「へい」
源「顎付きや」
八「え?」
源「顎付き」
八「ん? なんです? 顎付きって……」
源「食べるものもついて、一晩で2円」
八「うっわ~、有り難いなあ。やります! やります! やります!」
源「やってくれるか? そうか……まあまあ、ちょっとまだ時間も早いようじゃが、そろそろ出かけようか。その土間の隅に、薪(まき)が積み上げてあるなあ。その、一番上の細いやつ……」
(八兵衛に薪を取りに行かせる)
源「いやいや、こっちこっちこっち……それがいい、それ。それ、一つ、持っといで」
八「へえ? 薪。これですか? これ、持って行って、喧嘩するの?」
源「いや、そんな大袈裟なこっちゃない。とにかくまあ、それ持って、行こ。あと、しっかり戸締りしといてくれ。さあ、出かけよう」

画像はイメージです。

~2~

八「へえ……へへへ……有り難いなあ……2円!」
源「うるさいなあ、お前」
八「2円……2円貰えれば……。顎付きって何ですなあ……。留守番、釣りの番。あたし、釣り、大好きゃ……夜釣りですなあ……」
源「まあ、夜釣りやなあ……」
八「そうっすかあ~ははは……何処でやってるんです?」
源「うーん、うちの長屋や」
八「へえ?」
源「うちの長屋」
八「長屋? 長屋で釣りが出来るんすか?」
源「ちゃーんと釣ってんねん」
八「(少し弱りながら)そうっすか……へえ……」
源「さあさあさあ、こっちおいで。おい、見てみ! この路地の奥の左手に、大きな植木鉢が置いとる。あのうちやな……」
八「へえ?」
源「うーん、あっ、ほら。角のうちがおナオさん。ここのうちでな、色々面倒見てもらってるのでな……ちょっと、あい、挨拶してこよう、いや? え? 明日の朝、お前、知らん奴が顔出したら、びっくりするから、な! おナオさん! おナオさ~ん! いるか? おナオさーん!」
おナオさん(以下:ナ)「(すすり泣きながら)まあ~、源兵衛さん。なんです、あれ……。あんたも、本……」
源「おろー、すまんすまん。逃げてた訳じゃないねん。誰か、留守番がないか思うて、探してたんじゃ……」
ナ「どうもこうもありますかい。あたし、一人ですよ」
源「一人!? 長屋の連中どした?」
ナ「何たらかんたら言うて、みんな出ていきました。向かいのおユキさんと来た日にゃ、引っ越しするんやて、気持ち悪いから……。おスズさんと来たらな、おっかさんがお産するから見舞いに行くよて、あのひとのおっかさん、86です……。おキミさんと来たら、子供、8人連れて里帰りするんやて……。何たらかんたら言うて、あたい、一人になってしまいまして……」
源「いやいや、すまんすまん。逃げてた訳じゃない。えー、いや、留守番。留守番。探してた。探してた。うん! いたいたいた……。いたんじゃ。あすこにぼんやり立っとる。あいつ、変わっとるでえ~。留守番大好きやねんて。十八番(おはこ)やと、しかも、釣りがじゅーはちばんやねん……。うん、あいつ置いていくからな、うん、安心して、あの~、寝とくれ。うん。それで~、その奥の部屋、どうなっとんねん?」
ナ「……そのまんまです」
源「何?」
ナ「そのまんまです」
源「そのまんま!?」
ナ「ええ、つりっぱなしです……」
源「……つりっぱなし……!?」
ナ「警察の人が、今日は遅いから明日って。明日、検視するから、そのままにしとけって……」
(源兵衛が触れようとして)
ナ「触ったらいかんって、あんた……つりっぱなしですう~……」
源「ぶら下がりっぱなしか!? ん~、そうか~、ま、ま、ええ。あいつは『つり』が好きやて言うから大丈夫やねん。うん、あの~、頼んどいたの、出来とるか?」
(おナオさんが風呂敷包みを源兵衛に差し出す)
源「ああ~、そうかそうか。すまんすまん。これ、ちょっと借りていくから。じゃあ、今晩、安心してな。じゃあ、その鍵、ちょっと借りていく。うんうん、じゃ、おやすみ、おやすみ」

画像はイメージです。

(源兵衛がおナオさんと別れる)
源「おーい、こっちおいで、こっちおいで。これ下げといて、下げといて」
源「ちっ、頼りない男じゃなあ、お前も~。よそ行って、人様の顔を見たら、挨拶くらいするもんじゃぞ。知ら~ん顔して、のそーっと立ってる奴があるか!」
八「さあ、はい、こんばんわ!」
源「ばかやな、こいつ。こんばんわ言うても誰もおらん」
八「はあ~、お留守、ですか?」
源「留守だから、お前が番をするん」
八「そうっすか~」
源「入れ」
八「えー、へぃ、源兵衛はん、源兵衛はん! ん? うちの中、真っ暗です」
源「ああ、灯りがつかないん。うん、あのー、入ったところの上がり框に、ろうそくが2、3本とマッチが置いてあるはずや。向こずね打たないように、よく、よく、手探りで探してみ? あったか、あったか、あったか。火をつけ、火を。火をつけ、火を。障子に火ぃつける奴があるか! ろうそくの頭!」
八「源兵衛はん!」
源「大きな声するな、びっくりするがな!」
八「このうち、畳がないんですなあ……」
源「ああ、畳全部上げてしもたん。あっ、そこの壁の横にな、むしろが丸めて立てかけてあるん、それ、そこに広げて、そこに座れ。そこに箱がある。それ持ってきて、その前座れ」
八「ああ、そうっすか~、へい」
(トントントン。源兵衛に言われたとおりにする)
源「おお、よしよしよし。今持ってきた風呂敷包み広げてみ?」
八「ああ、これですか? なにがはいっているのかぃなぁ~♪ やあ~! うわ~、きっれいな箱!」
源「フタ取ってみ?」
八「あっ、フタ取ってもよろしか? あっ、そっすか~、なにがはいって……♪ うっわ~! はは……握り飯!」
源「食べてもいいぞ」
八「食べてもよろしか。うわ~、いっただきまーす! むほむ……(むしゃむしゃと食べる音)」
八「ほこほこ……ご飯炊きたて……んまい……おこおこ……ほむ……。ちょ、やけどしますからなあ。こういうときには、あの~、ん~、手に醤油つけて握ると……んま……(食べながら)」
源「お前、食べるとか、喋るとか、別々にしたら……」
八「……ちょ、今、忙しい……」
源「おいおいおい、食べるのはいいがな、今持ってきた棒があるな、それでその箱を叩くねん、箱を」
八「へえ? この箱? ああ、そうっすか! へい! どんな具合に?」
源「お前の好きなように叩く」
八「ああ、好きなように……(タッタットトトトタッタッ)これでよろしか?」
源「おお、それでいい。どんどん、叩きながら食べて……」
八「へいへい……」
(タタタッタッタッタッ!)
八「なんでこんなことするの?」
源「お前、寝るっちゅーたじゃろ。寝てしもたら困る。寝ないよーに、一晩叩いてみ。じゃ、頼むぞ。わしはもう、帰るからな!」
八「ええ、源兵衛はん、帰るの? じゃ、わたしも帰ります……。ひゃ、どーもすいませんが、握り飯を三つ、四つ……」
源「おいおいおい、お前帰ったらいかん。ここで留守番すんねん、留守番」八「へえ、留守番? こ、こお、こんな、あんたー、これ、ろうそく、これこれ、こりゃいかん」
源「何が? お前、留守番頼んできたん」
八「そりゃ、みんな大勢、本読んだり、将棋指したりしてるとこなら留守番しますけど、こんな~、あんた、薄暗いとこで留守番して。あーんと、……お、で、釣りの番来たん、釣りの番、釣りの番」
源「あっ、お前、ほら。座ってるやろ。前のほら、そこに天井からむしろがぶら下がってるじゃろ、な、それ、番するねん。向こっ側は見たらいかんぞ、朝まで。いいな? そのまま、そっと触るな。いいか? じゃ、表から鍵かけとくから、いいな!」
八「ちょちょちょちょ、源兵衛はん、待った! 待った! 表から鍵かけたら、あたい、あんた、あの~、おしっこ!」
源「土間の隅でやっとけ……」
八「ちょっと……。猫やがな、それ……。源兵衛はん!(タッタッ)源兵衛!(タッ) さーん!(タッ)」

画像はイメージです。

~3~
(トタトットッ)
八「ほほん。でも、いい商売。叩いていれば2円貰えるって。ほい!」
(トタトットッタッタッ! タタ! トタトットットタト)
八「こんなところになんでむしろがぶら下がってんのかな?」
(トタトッタトトト……)
(トタタトタトッタトタトタタタトタトッタ……めちゃくちゃに激しく叩きながら)
八「源兵衛はーん! 誰か、人がいますよ、あすこに!(トタ)」
(源兵衛はん、呼び止められる)
源「人? ああ。頭が見えてる……」
(源兵衛はん、そのままその場から立ち去る)
八「いるならいると教えてくれ。びっくりするぉ。こんばんわ~、あんたも留守番頼まれたの?」
(トットットットト)
八「隠れてもいかん。頭見えてます……」
(トットッ! トットッ!)
八「髪の毛がだいぶ、乱れてますがな……」
(トタトット、トタトット)
八「背の高い奴じゃなあ、こいつ。むしろの下に足が出てる。色の白い奴じゃなあ。あれえ? 足が宙に浮いてるのとちゃうんかいな? ……こらあ、くたびれるなあ……」
(タタ、タッタッタッタッタタ)
八「あの~、おじいちゃんなあ、ごめん、フフ、隠れてもいかん。わかってかー、なあ、なあ、もし」
ひょいっと、むしろに触ります。
このむしろが、今まで、落ちよう、落ちようと考えてたやつ、ガラッと外れますとー、その向こう側には、この長屋に住んでおりました独り者、世を儚んだものでございますか、梁に縄を通しますと、これに首をひっかけまして、無念の形相、ものすごくも天井から……。私、この話、嫌いなんですよねえ……。(あない?)が似合うから、やれやれって……、もう~、やりますけど。
無念の形相、ものすごくもー!
ダッ、ラーーーーーーン!
(客席から一斉に拍手が起こる)
あのお~、お客様、ここ、手え叩くとこと違うんです。ほんとに、他人というのは、怖いもんですなあ~。
おーどろいだの、なんの。
八「うっわあああああ~!!!」
(タタタタタタ タタ タタタ タタ)
八「源兵衛さーん! 『釣り』の番やてるやん! 首『吊り』の番やが~! うわ~! うわ~!(泣き叫ぶ)」
きゃあきゃあきゃあきゃあ言いながら、食べるのは忘れないが……。
宵のうちはそうでもございませんが、だんだん、夜が更けてますと、裏の榎へ当たる風の音が、ざっわ~、ざっわ~、これが路地へ入りますから。
ピューーーーーーッ! ピューーーーーーーーーーーーーッ!
破れ障子に当たりますと、
プルルルルルーーーーーーーーーーッ!(ファクシミリの声帯模写っぽい)
ろうそくの火がゆらゆらっと揺れます。自分の影が、壁に波打ちます。

画像はイメージです。

屋根の上を猫が、ミシッ、にゃーおーん、メシ、にゃーおーん、めし、って、お腹が空いたん、なんか食べ物探しとる……。
下で、パンパンキャアキャア音がしますから、何事か知らん? 天窓から、ホイッと覗いてみると、この有り様。
あのお~、昔から、三毛猫の尾が二股に分かれている奴は、化けるとしてございますが、運の悪いことに長屋に17、8年、飼い主がわからん。しかも、尻尾が4つに割れとる。たちの悪い奴がいたもんじゃな~。
猫「あいつ、弱虫やなあ……。よお~し。びっくりさせてやろう! ニャーーーオーーーン! ニャーーーオーーーン! んぶーぐ~ーーー!(喉を鳴らしながら)」
(タタタタタタタン!)
さあ、ぼっけが入ります。
首吊りがそろそろ、喋りだした。
首吊り(以下:首)「おーい、番人! 番人! 今夜は賑やかで面白い……」
八「ひゃ……(タッ)ああ……(タタ)あー……、このひと、なんか言ってる……」
(薪を叩きながら。苦笑いさえ出てくる)
首「伊勢音頭を歌え!」
八「歌いません! 歌いません!」
首「歌わないと、そば行って、頬っぺた舐める~」
八「ああ~。うわハハハ……。歌います、歌います。あんた、こっち来たらいかん。そこ! そこから動いたらいかん。歌いますぅ~(タッタッタッタッ……)」
八「おいせ~、まいーりーは~、ながたびまい~る~、よーいよーい♪ ……黙って黙って、あたご~さんり~は~、やーれつき~まいーる~♪ やーっとこしょ♪」
途端に縄がプツッと切れましたから、奴さんの前、どっしーーーーん!
うわーっとしがみついたまま、気絶してしまいます。

画像はイメージです。

~4~
(翌朝)
源「おナオさん、おはよ!」
ナ「源兵衛さん……ゆうべの留守番、なんです、あれは? 一晩、カチャカチャ、キャアキャアキャアキャア、とうとうあたし、寝られやしませんでした。明け方になってから、やっと静かになりまして……」
源「何? 明け方になってから静かになった? あいつ、夢見る病気持ってるねやがな~。ああ、ちょっと一緒に来てくれんかい。……っとにもう、とても2円払えないなあ……あいつはもう……もう、しょうがない……。あー、あー、真っ暗じゃ。あー、ちょっと、雨戸開けてくれんか、雨戸。えっ、雨戸、開けてく……」
ナ「うわっ! ちょっと、源兵衛はん!」
源「どした?」
ナ「このひと、首吊りを下ろして、抱き着いて寝てます!
源「あら~、度胸のいいやっちゃなあ~、こいつは。ほらっ! 八兵衛! 八兵衛! 八兵衛! 八兵衛!」
八「うたいますぅ~、うたいますぅ~(今にも泣きそうな震えた声で)」
(タッタッ)
八「おいせ~、まい~り~、このこが~、できた~、よーい、よーい♪」
源「何をやっとるんじゃ、こら」
あっ、伊勢参りの夢を見ておる。『夢見八兵衛』というお噺でございました。どーも、失礼申し上げました……。


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