テイラー・スウィフトと英米文学⑧ The Albatrossと『老水夫の歌』
4月19日にリリースされたテイラー・スウィフトの最新アルバム『The Tortured Poets Department』の19曲目に収録されている『The Albatross』についての記事です。
アルバトロスとはアホウドリという海鳥の英語名です。英語圏では「逃れられない罪」の文学的メタファーとしても知られています。
今回はそのメタファーの元ネタと言える長編詩、サミュエル・テイラー・コールリッジ作の『老水夫の歌(The Rime of the Ancient Mariner)』について考えてみます。
『老水夫の歌(The Rime of the Ancient Mariner)』(1798年初版)について
テイラーの楽曲『The Albatross』に関連しそうな部分を中心に、簡単に内容を紹介します。
この詩をきっかけに、アルバトロスは文学上のモチーフとして知られるようになりました。
救世主として讃えられたかと思えば、霧をもたらす災いの元として非難され、その後は悲惨な状況の元凶として扱われるアルバトロス。
鳥そのものは一貫して無害な存在にも関わらず、取り巻く状況に応じて、船員たちや水夫はアルバトロスを称えたり忌み嫌ったりと勝手に意味付けをしていきます。
The Albatrossについて
テイラー・スウィフトの『The Albatross』は『老水夫の歌』に出てくるアルバトロスのイメージを踏襲するようにして構成されています。
『The Albatross』の中では、「賢者たち」(wise men)がある男性(him)に対し、ある女性(she/I)のことを「破滅をもたらすアルバトロスだ」として忠告します。
曲の前半部分は「賢者たち」の視点から綴られ、その女性の危険性と、忠告に耳を貸そうとせず彼女に籠絡され続ける男性の愚かさが語られます。
ところが、曲のブリッジ部分では、女性は男性に向かって「そんな言葉に耳を貸す必要はない」と語りかけます。
なぜ「何の意味もない」のか。
その種明かしとともに、物語は女性側の視点へと切り替わります。
「賢者たち」が散々男性に対して忠告しようとしていた内容は、鵜呑みにしたフェイクニュースだったのです。賢者どころか愚者。
そして彼らは、怒りに毛を逆立て、さながら死肉に群がるジャッカルのように一斉に男性の元へ向かい、そのフェイクニュースを吹き込もうとしていました。
女性はアルバトロスかもしれませんが、その正体は破滅をもたらす災いではなく、男性を救いにきた存在だったのです。
コールリッジの詩に出てくる船員たちが、天候に応じて都合よくアルバトロスの扱いを「救世主」から「災い」へ変え、それによって水夫の運命が翻弄されたように、「賢者たち」もまたフェイクニュースに踊らされ、女性を勝手に評価し、さらには男性にも同調圧力をかけていました。
結局のところ、アルバトロスはただ一途に水夫を、あるいは男性を、愛していただけでした。
その存在が救いに見えるか災いに見えるかは、その時々の状況、そして個々の視点次第なのでしょう。
"I'm the life you chose/And all this terrible danger"(私はあなたが選ぶ生きる道/そして恐ろしいこと全て)という一見矛盾にも思える2行は、そんな曖昧さを包括しているように感じます。また、「恐ろしいこと」の中には色々と吹き込んでくる愚者たちの存在も含まれているのでしょう。
アウトロでは、"She is here to destroy you"(彼女は破滅をもたらす)と、一回否定されたはずの周りの忠告が余韻として残るようにして曲が締めくくられているのも不思議ですよね。この結末も、いつ視点や状況、そして彼女に対する評価が変わってしまうかわからない不安定さが示唆されているようにも思えます。
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訳や歌詞の補足を少し。基本的にすべて意訳です。
(*1)「荒ぶる風はロウソクの灯火を消してしまう」
「荒ぶる風」とは彼女のこと、「ロウソクの灯火」は男性のことかなと思います。嵐のイメージが既にコールリッジの詩を何となく想起させる気もします。
(*2)「薔薇の花はどんな名で呼んでもスキャンダルなのだから」
“A rose by any other name...”はシェイクスピアの『ロミオとジュリエット』に出てくる有名な台詞のアレンジです。
本家はこちら。
『ロミジュリ』で言うと、これまた有名な台詞「ああ、ロミオ!あなたはどうしてロミオなの?」の直後に登場する台詞です。「薔薇はたとえ薔薇という名前じゃなかったとしても変わらず甘い香りである」、つまり「どんな名前を付けたとしても、その本質は変わらない」という趣旨の台詞です。英語圏では何かと引用されることの多いフレーズだと思います。
これをテイラーは"A rose by any other name is a scandal"とアレンジしました。
ここでは、賢者たちが男性に対して「薔薇(=女性、あるいは男性との関係)をどう綺麗に取り繕ってもただの有害なスキャンダルだ」と諭しているのではないでしょうか。
(*3)「親切な使者を撃ちながら」
"Shooting the messenger"をほぼそのまま訳しましたが、これは英語でよく使われる表現"Don't shoot the messenger"のアレンジです。
直訳すれば「使者を撃つな」というフレーズですが、「悪い報せを伝えているだけの人を攻撃したところで解決にはならない」という意味合いです。
歌詞の中では、賢者たちの視点から語られる場面なので「わざわざ忠告してやっているのにこっちを批判するなんて」と言っているようなイメージでしょうか。Shoot(撃つ)の語句がコールリッジの詩でのアルバトロスを撃つ場面にリンクするような気もして、訳でもそのまま残してみました。
(*4)「その考えなしの心に誓って/君は酒でしか清められないんだね」
"Cross your heart"は心臓の上で十字架を切るような仕草を指します。一般的には"Cross my heart and hope to die"(心に誓って、死を賭けてでも)と何かを約束したり真実を主張したりする時に使われます。
次の"Only liquour anoints you"ですが、"anoint"はキリスト教の文脈では聖水や聖油を使って誰かを清めたりするときに使う語句です。
他の一般的な意味として「指名する」というのもありますが、"Cross your heart"のすぐ後に出てくるので、多分キリスト教の仕草のイメージをそのまま引き継いでいるのだろうなと思って「清める」としました。
(*5)「天罰のように空から炎が降ってきて」
“The sky rains fire” (空から炎が降る)のは旧約聖書に出てくる天罰です。
旧約聖書の『創世記』の中で、“The Lord rained brimstone and fire on Sodom...” (神はソドムに天から硫黄と炎を降らせ)という箇所があります。
The Albatrossの中では、男性が神にも見放され、追放者になるイメージでしょうか。コールリッジの詩でも水夫には数々の天罰が下っています。The Tortured Poets Departmentはアルバム全体を通して聖書関連のイメージが多いですよね。
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もちろん全て私個人の解釈です!いろんな解釈や読み方があると思うので、他の読み方も気になります!
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