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音楽を言葉で語ることとは

音楽が最初に産業化したのは、19世紀末から20世紀初頭ごろ、1970年代までに音楽産業はレコードを売る、マスメディアに音楽を知ってもらうにはラジオやテレビの放送を使う、ファンをベースにコンサートなどを行うという大きな3つの経路を組み合わせたビジネスが進んでいく。

そして、音楽産業に大きな影響を与えたのは、レコードがCDになったことだけではなく、カセットテープの普及とウォークマンを代表とするポータブルミュージックデバイスの普及が大きい。カセットテープが普及するまで、音楽はソフトウェアを消費するものであり、それまでは自分の好きな音楽を所有するには買う必要があった。しかしコンパクトカセットが世の中に安く広まっていくと同時に、エアチェックやダビングが生まれ買っていない音楽を所有することができた。結果として、音楽の消費は増えた。

また、マスメディアと同時に情報共有することでお互いの利益につながっていった。こうして、メディアは消費を先導する構造になった。そして、iPodなど記憶媒体を入れ替える必要性のなくなったからこそ、アルバム単位で聴く音楽や再生回数のばらつきは小さくなってきた。そして、現代のストリーミングサービスやYouTubeを代表とする動画配信サービスの充実。この楽曲の回転が、音楽の価値を変えていった。

音楽は言葉で語ることについて、聴いていて楽しいものであり特定の概念を表現したり、喜怒哀楽などの特定の感情自体も表現できないため、そのものを伝えることは難しいと感じているが、私のようにキュレーターやプレイリスターが存在している現代では、全てを理解できないほど音楽が無数にある。その人の好みやムードに合わせて選択していく人々の存在が音楽には重要になってくる。作品そのものは題名・文章などによって付随してくるものも含まれてはいるが、表現は概念では表せない。絶対音楽のも標題音楽も、そのものを言葉で語ることは不可能だ。しかし、音楽体験の経験のある人が繋ぐ役割として機能すれば、そこで伝えられる言葉は、間接的ではあるが語ることは出来る。

そして、最近言葉の中でも色や比喩で例えて伝える方法がより鮮明にイメージしやすいという話もある。もしかすると、曖昧さで捉える言葉が音楽の不安定さに結びつきやすくイメージが出来ることに繋がっているのかもしれないと感じる。そして、語る時は文学的評論にも近い。

アーティスト情報で与えられるものは形式的に添え、楽曲は聴いた時の思いを純粋に事細かく描いていく。直接的な意味では全く理解できないことではあるが、間接的に捉えていくと見えてくる道筋がある。ただし、これは個人で全く異なったものであるため、音楽で得た言葉と言葉では一致することはない。しかし、これが音楽を言葉で語ることなのだ。

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