怖くて絵が描けなくなった私がアーティストとして強く立ち直れた理由。
私は絵を描くのが嫌いになってしまった。
中学高校大学と美術を学んできて、美術関係の仕事も色々やってきたのに、怖くなってしまった。
ーーーーーーーー
かなり久しぶりにnoteに記事を書く。
仕事用で別のアカウントでは大量の記事やマガジンを書いていたが、仕事だったので気が滅入ってしまった。
きょうは人に見せるための文章を書きたくなったので、書いている。
絵が描けなくなった私が、少しだけ絵を描ける私になれた理由と過程を書いていこうと思う。
私は絵を描くのが嫌いになってしまった。
中学高校大学と美術を学んできて、美術関係の仕事も色々やってきたのに、怖くなってしまった。
成功できないかもしれないこと、稼げないかもしれないこと、上手く描けないかもしれないこと、頭が変になったと笑われること、その他のたくさんの不安に包まれていた。
絵を描かないことの理由にいちばんピッタリだったのは、お金が無いことだった。
仕事をしても一向にお金は増えず、困ったのでビジネス書をいくつか読んだ。与沢翼さんの『お金の真理』という本に「とにかく種銭を作れ、まず稼ぐことに特化させてお金を貯める。話はそれからだ(要約)」的なことが書いてあった。
私は「とにかくお金を稼がないと何もできない」と思って体と心を張って稼げそうな仕事に転職しながら本気で働いた。
たくさん稼げたので、お金を貯めて広い家に引っ越した。
それから『ずっとやりたかったことを、やりなさい』という本を見つけて読んだ。半年前のことだ。今も自分の創造性を回復させるワークをずっとやっている。
ワークは1週間ずつ12回あるので、約3ヶ月かる。それがいま2週目なのでもう半年くらい続けている。
紙切れ1枚にスケッチや落書きもできなくなっていた私が、今はイーゼルにキャンバスを立てて油絵を描けるようになった。本当に素晴らしく尊いことだ。
私の創造性は少しずつ、少しずつ、回復している。
ワークには色々な種類があるが、自分の過去の傷を癒やし肯定的な言葉をかけるものが多い。その過程の一部を紹介する。
ワークを始めた頃、ふとノートの角に小さな落書きをした。それをたくさん褒めた。「よく描けたね、すごいよ、ありがとう、やったね」と。
今度はノートの落書きに色を塗った。そして今までの自分に謝った。「今まで描きたいという声に耳を貸さなくてごめんね。才能を信じてあげなくてごめんね」と。
ipadに絵を描いた。SNSには上手な絵がたくさんあったけれど「ほら、そうやって他人と比べて私をいじめないで、責めないで」と声が聞こえた。
アトリエとして使う場所を作った。少しでも欲しいなと思った画材は、思い切って買った。絵を描くたびに「描いてくれてありがとう。あなたの絵が大好きだよ」と言い聞かせた。
ワークをしている間は、数えきれないくらい涙した。悲しい記憶や辛かった思い出を治療しながら、忘れた記憶を掘り起こして大切に愛た。
このワークとセルフラブは今もずっと続いている。
セルフラブについては、この『ずっとやりたかったことを、やりなさい』のワークの他に「abocado/みずき・よしの」さんというInstagramやnoteでセルフラブや内観をレクチャーしている方も参考にした。
自分を愛しを癒やすことが、本当に大きくて強いパワーに変わることを日々学び、実際に体感している。
芽が出たばかりの植物や、産まれたばかりの子猫のように、私の中で生まれ成長しだした創造性はまだまだ弱くて、温かく甘い環境で守って励ましながら手綱を引かないといけない。
それでも、鉛筆を持つことも怖くて、いくつもの画材を捨ててきた私にとっては、本当に素晴らしい成長だった。そしてこれからも続くだろう。涙が出るほど嬉しくてたまらないことが起き続けている。
なんだか思ってた内容と違うことを書いてしまった。「自分の得意なことは当たり前で気づかないところにある」って、そんな感じのことを書こうかと思っていたのに創造性回復のこと書いちゃった。
まあいっか。大丈夫大丈夫。数年ぶりの記事にしちゃ読めるって。
昔アフィリエイターで記事書きまくってた時も終わりが弱いって言われた気がするな。まあいいか。
創造性回復のワークを半年間続けていることも、モーニングページのノートが13冊も貯まったことも、こうやって文章が書けることも、ありがたくて豊かなこと。
そして私の大切な才能であり決断なんだ。それをこれからも信じていこう。
もしこの記事を読んでくれた人がいたら、本当にありがとう。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?