カロリー収支のダイナミズム
カロリーの収支はダイエットに励んでいる人にとどまらず、トレーニングを行う皆さん、そしてアスリートにとっても悩みの種の一つ。
今回の記事では、悩ましいカロリーについていくつかトピックをご紹介しながら、トレーニングとの関連性を深堀りしていきます。
是非、最後まで読み進めてみてください。
1. 思ったよりも、、、痩せない!?
今回のリードストーリーとして、このトピックから始めていきましょう。
「運動を行っているのに、思ったよりも痩せない。。」
ダイエットを行ったことがある人は、そう感じられたことがあるかもしれません。
実際、このような現象は多くの人に見られます。
そして研究者たちが特定した、多くの人に当てはまる「体重が思ったよりも減らない」要因は、次の三つです。(参考1)
食べる量が増える
運動以外の日常生活の行動が減る
「その他」項目の代謝が下がる
これらのイメージを図示してみましょう。(下図)
一つ目の「ついつい食べてしまう」と、二つ目の「日常生活の行動を抑える」はイメージしやすいものですね。運動するとお腹は空きますし、疲れて日常生活の活動レベルを落とすといったことは行われがち(悲しいことに!)。
ちなみにこの二つの要因は、ダイエットを決意した三週間後あたりから顕著になるようです。減量のためには、モチベーションも大事!
話を本流に繋げますね。この記事で注目していきたいことは、三つ目の要因「その他の代謝が下がる」です。
もう少し詳しく言えば、カロリー収支が合わない(消費が多い)場合には、体の何らかの機能を節電モードにして帳尻を合わす可能性があるということ。
日々トレーニングに励み、体の適応を高めようとしている人にとって、このことは注目すべき現象です。
続く内容で深堀りしていきましょう。
2. 「摂取カロリー < 消費カロリー」な状況
「摂取カロリー < 消費カロリー」
トレーニングをたくさん行う人に起こりがちな状況で、食べる量がトレーニング量に追いついていない状況です。
このような状況を模した興味深い研究をご紹介しましょう。その研究では、サイクリストやトライアスリートに以下の2つの方法でトレーニングを実施してもらいました。(参考2)
トレーニング量に見合ったカロリーを摂取(摂取=消費)
トレーニング量よりも少ないカロリーに制限(摂取<消費)
その結果、トレーニング量に見合ったカロリーを摂取していた1の条件では、体重の増減は見られませんでした。一方で、消費カロリーよりも少ない分しか摂取しなかった2の条件では、体重が減少し、かつ「その他」項目のエネルギー消費が少なくなっていました。(下図)
「その他」について、もう少し具体的に項目を分けてみます。(下図)
よく知られている基礎代謝とは違った分け方をしていますが、こちらの方が説明がしやすいので、参考論文の分類を採用しました。基礎代謝も後ほど登場します。
このように区分してみたとき、コストカットがされやすい項目はどのような機能でしょうか?
トレーニングを行う人にとって大事な項目は「体の適応、修復」です。この機能がないとパフォーマンスアップは望めませんので、なんとしてでもコストカットはして欲しくありません。
しかし、生存に欠かせないバイタルな項目は最後まで死守されるはずですし、ストレス反応はそうそうコントロールできないことを考えると、まっ先にコストカットされるのは、恐らく体の適応、修復分のコストだろうと考えられます。実際先ほどの検証では、カロリー不足の状況では甲状腺ホルモンやインスリンなどの分泌量が減少しています。(参考2)
良質なトレーニングを行ったのに、カロリーが足りないことで体の適応が進まず、トレーニングの恩恵を受けられないのは非常にもったいない。
そして他の研究では、摂取カロリーがショートするような状況(摂取<消費)が長引くと、より深刻な事態になることも報告されていて、女性では月経異常や骨密度の低下などに現れ、男性も同様にテストステロンなどのホルモン分泌の低下となって現れます。(参考4)
つまり、カロリー不足はバイタルな機能にまで影響が波及します。このような状況は、激しいトレーニング期間に免疫機能が下がったと感じられたことがある人にとっては理解しやすいものかもしれません。
ここまでの内容を整理してみます。
カロリーオーバーは、太る
カロリーがショートすると、体重が減るだけではなく
各機能に振り分けられるべきカロリーのカットも並行して行われる
その矛先は、体の適応や修復、その他必須な機能の低下となって現れる
では、このような体の機能低下につながるような事態は、どれくらいカロリーが不足したときに起きるのでしょうか?
その目安として、以下のような目安が提案されています。
【(摂取カロリー - トレーニングで消費したカロリー) ÷ 除脂肪体重】
この値が30を下回るような状態が続くと、要注意です。(参考4)
たとえば私の場合、
普段の摂取カロリー:2400kcal
トレーニング(1時間、中強度):800kcal
除脂肪体重67.5kg(体重から体脂肪量を引いた値)
(2400kcal - 800kcal) ÷ 67.5 = 23.7
私にとって普段の食事だけだと30を下回り、トレーニングを行う日は黄色信号が灯っていることになるので、補給食等で補うか、そもそもの食事量を増やす必要がありそうです。
この指標はプロサイクリストでも研究されていて、プレシーズンのハードなトレーニング週の推移が紹介されています。(下図)
週に20時間を超えるプロサイクリストの練習量を補うエネルギー摂取は、かなり難しいのだろうということが伺えます。
プロサイクリストで検証された他の研究でも、この値が低い選手はテストステロンや成長ホルモンといった、体の適応や修復に必要なホルモン分泌が少ない傾向にあるという結果になっていました。(参考6)
体の適応を促すためにも、カロリー不足を避けながらトレーニングに励みたいですね。
もちろん個人差はありますので、皆さんの状況を俯瞰するための一つのアイディアとして、活用してみてください。
3. 消費カロリーの上限値
これまでの内容では、摂取カロリーが不足している状況で起こり得る事についてご説明してきました。
ただ、持久系競技に臨む皆さんにおいては、レースやイベントなどで普段の数倍ものカロリーを消費するシチュエーションが発生するかと思います。
そうなると気になってくるのが、「消費カロリーの上限値ってどれくらいなのか?」。
このことについても研究者の方々が分析してくれていますので、ご紹介していきましょう。
2019年に発表された論文では、ツール・ド・フランスやクロスカントリー、より長期間に及ぶ大陸横断マラソンなどの消費カロリーについての研究を総合し、「体重の減少を最小限に食い止めながら、継続できるカロリー消費」についての分析が行われました。(参考7)
その結果を図にまとめると、以下のようになります。
図の縦軸は、カロリー消費量が基礎代謝の何倍かという数値で示しています。消費カロリーは体重によって大きく変わるため、その人にとっての基礎代謝の何倍なのか?で表しています。
たとえば赤で示した点がツール・ド・フランスの消費カロリーで、基礎代謝の4.9倍ほど。選手の体重を68kgとすると、基礎代謝は1600kcal前後になるので、消費カロリーはおおよそ7,500-8,000kcal。(参考8)
図を見ると、そのような状況を21日間維持することは消費カロリーの上限値に近く、相当タフであることが伺えますね。
また、消費カロリーの上限値は日数が長引くにつれ、どんどんと目減りしていき、最終的に基礎代謝のおおよそ2.5倍前後で横ばいになっています。
このことは体の疲労に加え、消化吸収能力の疲労も大きく影響しているのではないかなと感じます。パフォーマンスを発揮・維持していくためには消化器系(ガッツ)のタフさも求められそうです。
余談ですが、東京と大阪を一日で走破するチャレンジは「東京大阪キャノンボール」と呼ばれていますが、その消費カロリーを計算してくれている記事がありました。
必要なカロリーはなんと15,600kcal。おおよそ基礎代謝の10倍で、一日のイベントで消費できるカロリーとしては上限値にかなり近い数値となっています。
キャノンボーラーのガッツ、恐るべし。
4. ストレスのエネルギーコスト
さて、消費カロリーのいくつかの側面についてお伝えしてきましたが、まだあまり触れていない項目があります。
それが、忘れてはならない「ストレス反応」。
人間関係や仕事、懐事情、それに辛いトレーニングなど、私たちは様々なストレスに対応すべく、ホルモン分泌を通じて体を鼓舞しますが、それにもやはりカロリーコストがかかります。
原始的なストレス反応の例として、目の前にクマが現れたとしましょう。ピンチが到来したときに感じる、ゾワッとするあの感覚をイメージしてください。
クマから逃げるにしろ勇敢にも立ち向かうにしろ、日常生活以上に集中し、死に物狂いで対応するために体のシステムを整えなければなりません。
アドレナリンの放出なども、それにあたります。
このようなシステムが「ストレス反応」であり、主にホルモンによって体のシステム全体をシフトアップする訳ですが、それ自体にカロリーコストがかかります。
クマの出現に限らず、私たちの日常生活は残念ながらストレス源であふれています。そのため、知らぬ間にストレス反応によるカロリーコストがかさみ、他の機能に回すべきカロリーがカットされる可能性が考えられています。(参考3)
ストレス反応が長期間継続されることで、体の適応や修復、免疫機能などのコストがカットされるような状況は、いわゆるオーバートレーニングと呼ばれるような事態にもなり得ます。(参考10)
この辺りの内容については以前の記事で深堀りしていますので、是非読んでみてください。
仕事にプライベートにトレーニングにと、忙しい毎日をお過ごしかと思います。オーバーワークにならないようストレスにも気を配って、ときにはリフレッシュしてくださいね。
5. 良いトレーニング計画とは
最後にカロリー収支の観点から、良いトレーニング計画とはどのようなものかを考えてみましょう。
トレーニングに期待することは、「体の適応」を最大限に享受することですね。
体の適応を促すためには、今まで以上に高い負荷を一定期間かけつづける必要がありますので、そのような状況ではストレス反応が高まり、トレーニングのカロリーコストも増えます。
得てしてエネルギー収支がマイナス(摂取<消費)になりやすい状況と言えるでしょう。
このような状況は一週間前後であれば、あまり気にする必要がないかもしれません。しかし、長期間にわたってカロリー収支がマイナスに傾く状況は、必ずどこかにそのツケが出始めます。
狙った体の適応を獲得するためには、マイナスが過剰にならないよう回復期間を設けたり、期間を区切ってトレーニング負荷の強弱をつけながらカロリー収支にも気を配る、といったトレーニングサイクルを形作ることが重要かなと感じます。
そのような長期のトレーニング計画を組むための「ピリオダイゼーション(期分け)」は、期間を区切ってトレーニング負荷に強弱をつける知識体系です。
目標のトレーニング負荷(強度&時間)を達成するには、週間計画に強弱をつけながら目標に迫っていく必要があり、このことはカロリー収支という観点から捉え直すこともでき、大きなカロリー摂取&消費という環境に、体やメンタル、消化器官を徐々に慣らす必要があります。
また減量との兼ね合いを考えた場合、トレーニング負荷を上げるタイミングで減量を並行して行うという計画は、これまでの内容を考えると、シビアなカロリーコントロールが必要だと感じます。
体の適応、減量など、ある時期に何を優先させるのか?を明確にして、トレーニング負荷やカロリー収支をイメージし、ゴールに向かって計画を練ることが大事かなと思います。
エベレストの頂上を目指す登山家は、すぐに頂上に向かうのではなく、少し高いところまで登って高所慣れし、一度下山して回復するという工程を何度も繰り返し、期が熟したタイミングを見計らって、登頂を目指します。
最終目標とするトレーニング像は、エベレストのように高くそびえ立っていることでしょう。その頂上へ一気呵成に向かうのではなく、是非計画的に歩を進めてください。
おわりに
カロリー摂取や消費については、研究でもまだ明らかになっていないことが沢山あります。
たとえばツール・ド・フランスなどの調査では、選手の一日のカロリー収支は消費が1,500kcalほど上回っています(摂取<<消費な状態)。
そうなると、21日間を闘い抜いた選手の体重は3kg以上減っていてもおかしくないのですが、予想に反して1kgほどの体脂肪量の減少で留まっています。(参考9)
その理由は、まだ明らかになっていません。(川崎調べ)
また個人的に、タンパク質はカロリー源として摂取している訳ではない(体の構成要素として使われるはず)のに、カロリーとして計上されていてることも不思議に感じます。
それなのに、なぜカロリー収支は合うのだろう??不思議です。
そんな不思議な事態が、これからの研究で解決されていくのだろうと考えると、楽しみで仕方ありません。
これからも魅力的な論文をご紹介していきたいなと考えています。
最後に、今回の記事も今まで同様、これまでに発表された論文を手掛かりに、私なりの拡大解釈を交えながら話を展開しています。
具体的には、カロリーが不足した状態で、適応や回復といった機能に回されるカロリーが削減されているのかを直接示す論文はありません。そもそも、そのような現象を直接測定すること自体が今の技術では難しいのかもしれません。
このような理由から、この記事の内容は「いくつかの論文を元に状況を整理すると、そう捉えることもできる」といった程度である点をここでお伝えしておきます。
「noteの記事」という立ち位置は、論文や研究では述べることが難しい個人的な考察をお伝えできる場であると捉えていて、そんな立ち位置だからこそ伝えられる事もあるのかなと考えています。多少の論理の飛躍や拡大解釈、ご容赦ください。
今回も最後までお読みくださり、ありがとうございました!
日々のカロリー収支に目を向けながら、豊かなスポーツライフをお過ごしください。
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参考文献
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