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「気分」のマネジメント

気分などのメンタルな状態がパフォーマンスに直結することは、皆さんも経験されたことがあると思います。

「気持ちを強く保てたから最後まで力を出せた」

「試合に臨むメンタルではなかった」

このようにメンタル的なコンディションは間違いなくパフォーマンスを左右する要因であるにも関わらず、上手くマネジメントすることは難しいものです。

そこで今回の記事ではメンタルな事柄の内、特に「気分」と言われるものについて論文を参照しながらまとめてみました。

気分が意思決定に影響していること、気分と体の状態は互いに影響し合うこと、気分をマネジメントする方法などをご紹介していきます。


気分とは

「気分」という言葉はカバーする範囲が広く、定義することがなかなか難しい言葉です。

辞書的には、
1. ある期間続く感情
2. 全体の感じ、雰囲気

といったやや曖昧なものなので、皆さんがイメージする気分、例えばリラックス、イライラ、動揺などを「気分」として一括しておきます。

気分についての研究では様々な分類方法が提案されていますが、私的には以下の二軸で考えるものが分かりやすいなと感じています。

参考1

この分類方法では、気分が”快さ”と”覚醒度”という2つの要素で成り立っていて、その塩梅が時々刻々と移り変わり、異なる気分が生成されるとしています。

例えば何かのスポーツに夢中で取り組んでいるとき、気分は「快さ=快、覚醒度=高」のオレンジのエリアにありますが、退屈や疲労を感じ始めると気分は「快さ=不快、覚醒度=低」へとシフトしていきます。

一般的な傾向として西洋文化圏は右上オレンジのエリア、東洋文化圏は右下緑のエリアを好む傾向にあります。

また、映画などのエンターテイメントでは気分マップ内を行き来させ、様々な気分を味わわせることが人々を惹きつける一つの要素です。(参考2)

そしてこの「気分」が認知や判断をかなり左右するものであり、スポーツのパフォーマンスにも影響していることが明らかになっています。

そのことについて、次のトピックで詳しく見ていきましょう。



気分が認知や判断を左右する

このことを紹介するため、まずは皆さんに研究の一部を簡易的に追体験してもらいたいと思います。

今からいくつかの図をお見せします。まず色を意味するひらがなが出てきますので、そちらを声に出すか頭の中で唱えてください。例えばこのようなものです。

次に何かしらの絵が出てきますので、その絵の印象が「+(ポジティブ)」か「-(ネガティブ)」のどちらかを判断してください。例えば以下のようなものです。

それではもう一問。

お出しした2つの絵は、何の前情報も無い場合には"ポジティブ(+)"を選ぶ人と"ネガティブ(-)"を選ぶ人の割合がほぼ半分になるような中立的な絵です。

しかし二問目のように絵を見る前に「赤色」で書かれた「みどり」を見るといった、情報に矛盾があるような刺激によって、"-"を選ぶ人が多くなる傾向にあります(全員が”-”と判断する訳ではありません。あくまで傾向)。(参考3)

このようなテストはストループ効果と呼ばれるもので、小さな矛盾や混乱を脳内に引き起こし、気分として不快感や嫌悪感といった成分が生成されます。(参考4)

そして気分の小さな変化が続く認知や判断に影響を与えることから、気分は行動に影響しているといった結果が導かれています。

他にも「快さ」の程度が判断に影響することの例として、雨の日は晴れの日よりも就職や大学の面接での印象が悪くなりやすい傾向にあるようです(面接官の気分が「不快」側にシフトしている)。

また昼食前に裁判の審問があると、判事が仮釈放を認める可能性が低下することなどが報告されています。(参考2)

判事の低い血糖値 (空腹)⇆ 不快 ⇒ ネガティブな判断

という図式です。

このように意識には上らない気分や体の状態の変化であっても、日常生活の行動に少なからぬ影響を与えています。

しかもそれらの影響を私たちは自覚できません。天気やお腹が減っていることで目の前の判断が歪められているとは思いもしないでしょう。

更に、気分の変化はエンデュランス競技のパフォーマンスにも影響しているという研究があります。

ある研究では先ほど実施してもらったテストをもう少し複雑にし、より不快さや嫌悪感を抱かせた場合に、5kmのランニングタイムが1分ほど遅くなることが報告されています。(参考5)

気分の変化によってパフォーマンスが落ちるメカニズムの詳細はまだまだ研究段階のようですが、気分にパフォーマンスが引っ張られることは経験的にも納得のいくものです。

そしてもう一つ興味深い研究として、テストによって予め不快さや嫌悪感を抱かせても、プロサイクリストは20分タイムトライアルのパフォーマンスが低下せず、自転車愛好家はパフォーマンスが低下した(出力10wダウン)という報告があります。(参考6)

つまり、アスリートは気分の影響を極力受けないようにする術を身に着けていることが伺えます。

それが生得的なものなのか、競技を行う中で獲得したものなのか、もしくは他の要因なのかは定かではありませんが、気分のマネジメントがパフォーマンスを高めること、パフォーマンスの波を少なくすることに役に立つであろうことを物語っています。

是非、我々も身に着けたいところ。

そこで気分を上手くマネジメントするために、気分と体の状態、そして気分と意識の関係を以下のトピックで深堀りしてくことにします。



気分と「体」

気分について近年の脳の研究から、「気分」の出所は血糖値や血圧、その他様々な生理学的な状態を調節している領域と同じ脳内ネットワークを共有していることが分かってきています。(参考7)

例えば目の前にいきなり熊が現れると私たちは緊張し、心拍が高まります。

このとき、従来の考えでは「緊張を生み出す」脳の部位と「心拍が高まる」脳の部位が互いに関連しているものの、ある種単独でそれぞれの役割が実行されている、というニュアンスで説明されることが一般的でした。

しかし近年の研究では、様々な脳の部位は関連しているといったレベルではなく、かなり強固に連結しているという認識へ移っているようです。(下図)

この認識の違いを音量ボリュームの調整で例えると、従来「緊張」と「心拍」のボリュームはそれぞれ別のつまみで調節されるとしていたものが、近年では一つのつまみで同時に調節されているといった変化です。

つまみを少し回すようなイベントが発生すると、様々なものが一斉に調節し直されます。

このことを示す研究として、たとえば緊張や恐怖を司るとされている扁桃体が活性化している状況では、以下の図のように様々な脳領域も一挙に活動しています。

参考7。 赤やオレンジが活発に活動している領域

この活発に活動している領域内に呼吸や血圧、血糖値などの変化を促す信号を体に送る部位も含まれているので、緊張などの気分と体の状態は同時並行に調節されています。

ここでお伝えしたいポイントは、気分と体の状態がどちらも一方の変化に引っ張られやすいという性質が脳に備わっている本来的な仕組みであるということが近年の脳画像解析の進歩で明らかになってきている、ということです。

何もおおげさな話ではなく、イライラしているときに軽くジョギングをする(体の状態を変える)と気分が晴れるなど、経験的には分かっていることの裏が取れたとも言えるかもしれません。(私的には経験と科学が繋がる瞬間が大好きです)


上記の内容を踏まえ、お伝えしたい順に話を並べ替え、言葉を整理しておきます。

  • 脳は常時血圧や血糖値、血中酸素、水分などの体のあらゆる情報を統合し、一挙に調節しており、その働きは「内受容ネットワーク」で行われている

  • 内受容ネットワークは今現在の体の情報の総体として「気分」も表象している

  • つまり、気分を変えるには体の状態にアプローチするのが一つの手



気分と「意識」

心理学的なテクニックとしてスポーツ現場ではセルフトークやイメージングなどが活用されていて、これらは意識に働きかけることで気分にも作用し、結果的にパフォーマンスの向上が期待できるとされています。(参考8)

セルフトークの例で言えば、例えば「私ならできる」や「いいペース」といった自分への声掛けによって意識に働きかけ、覚醒度を高めることでパフォーマンスに良い影響をもたらし得ます。(参考9)

また、このように意識へ働きかける方法は無意識的な場合にも効果があるようです。

例えば意識には捉えられないほど短い時間、以下のどちらかの画像を複数回画面に映し出す介入では、見ている本人は画像が映っていたことは把握できず、無意識下で処理されています(サブリミナル効果と呼ばれるもの)。

参考10

この介入後、FTP強度(1時間持続できる最大パワー)で何分間巡行できるのかを比較すると、「Happy」の顔をサブリミナルに投射された後の方が長く巡行できることが報告されています。(参考10)

このことから無意識下の情報であっても気分に作用し、パフォーマンスに影響し得ることが伺えます。



気分をマネジメントする

以上の内容をまとめると、

  • 体の状態や意識の変化は気分の変化を促す

  • 逆もしかりで、気分の変化は体の状態や意識の変化を促す

といった強い相互関係があることが分かりました。

この相互関係を利用して気分を意識的にコントロールできる術を身につけられれば、パフォーマンスにきっと良い影響がでるはず。

そこで、このトピックでは日常での実践方法をいくつかご紹介したいと思います。


◆気分を落ち着かせる

まずは高ぶった気分や焦り、不安な気持ちを落ち着けたい場合です。

この場合、深い呼吸を実施して体の状態に働きかけることが効果的です。

方法としてはまずメトロノームアプリなどを利用して、「5秒吸って、5秒吐く」を5分ほど呼吸に意識を向けながら実施してみてください。

5分後、気分マップの右下の緑ゾーンに気分が変化していればグッドです。

大切な大会前に気持ちが高ぶりすぎたり、思うようにトレーニングができずにイライラするとき、気持ちを落ち着けるための方法として、私はかなり有用だと感じています。

「5秒吸って、5秒吐く」呼吸法が研究でよく見かける方法ですが(下の記事でご紹介しています)、深い呼吸には様々なバリエーションがありますので是非ご自身に合った方法を検索してみてください。


◆気分を上げる

次に、試合に向けて気分を高めたいときや、疲労感に打ち負けそうな自分を励ましたいとき。

音楽を聴いたり歌ったりなど、意識に訴えかける方法をきっと皆さんいくつかお持ちかと思います。

ここでは先ほど登場したセルフトークをおすすめしておきます。

具体的には、以下のような言葉がけを行います。

1.Mastery:熟達
注意の集中や自信、心の準備、困難への対処といったものに向けた言葉がけ。
例:「今までのトレーニングが力になっている」、「私のゾーン」、「私なら出来る」

2.Arousal:覚醒
覚醒度合を上げるために行う言葉がけ。
例:「私のためのステージ」「誰も私には勝てない」「気合い」

3.Drive:前進
発揮しているパフォーマンスの維持やペースアップを促す言葉がけ。自分自身をモチベートする言葉。
例:「まだまだいける」「全力でいこう」「いいペース」

私は終盤の辛い場面でセルフトークをすると効果をかなり感じます。是非お試しを。

より詳細はこちらの記事でもご紹介していますので、読んでみてください。

また、前述したように無意識への訴えかけも効果が見込めると考えると、思いのこもったユニフォームやアクセサリーにも効果が見込めるのかもしれません。お守りも馬鹿にはならないはず。

そして観衆の声援が力になったというプロ選手のコメントも、きっとお世辞ではなく本当にポジティブな効果を感じてのことでしょう。私は応援者の立場になったとき、選手の(無)意識に届くと信じて、全力で応援しています。



おわりに

現在脳についての論文を読み進めており、その中で「気分」の重要性を再認識し、一つの記事にまとめてみました。

現在の脳科学の知見はびっくりの連続です。

そのような知見を実生活やスポーツに活かしていきたいと思い、私なりの文脈でまとめ直した次第です。

この記事が、少しでもお役に立っていれば幸いです。

皆さんの豊かなスポーツライフを応援しています!

今回も最後までお読みくださりありがとうございました。

また読みに来てください。

参考文献

  1. Barrett, L. (1999). The structure of current affect: controversies and emerging consensus. Current Directions in Phychological Science, 8(1), 10–14.

  2. リサ・フェルドマン・バレット. (2019). 情動はこうしてつくられる. 紀伊国屋書店

  3. Dreisbach, G. (2012). Conflicts as aversive signals. Brain and Cognition, 78(2), 94–98.

  4. Inzlicht, M. (2015). Emotional foundations of cognitive control. Trends in Cognitive Sciences, 19(3), 126–132.

  5. Pageaux, B.(2014). Response inhibition impairs subsequent self-paced endurance performance. European Journal of Applied Physiology, 114(5), 1095–1105.

  6. Martin, K.(2016). Superior inhibitory control and resistance to mental fatigue in professional road cyclists. PLoS ONE, 11(7).

  7. Kleckner, R. (2017). Evidence for a large-scale brain system supporting allostasis and interoception in humans. Nature Human Behaviour, 1(5).

  8. McCormick, A. (2015). Psychological Determinants of Whole-Body Endurance Performance. Sports Medicine, 45(7), 997–1015.

  9. Blanchfield, A. (2014). Talking yourself out of exhaustion: The effects of self-talk on endurance performance. Medicine and Science in Sports and Exercise, 46(5), 998–1007.

  10. Blanchfield, A. (2014). Non-conscious visual cues related to affect and action alter perception of effort and endurance performance. Frontiers in Human Neuroscience, 8(DEC).

  11. Noble, D. J. (2019). Hypothesis: Pulmonary Afferent Activity Patterns During Slow, Deep Breathing Contribute to the Neural Induction of Physiological Relaxation. Frontiers in Physiology, 10.

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