深い呼吸の効果の理由
ヨガや瞑想、坐禅、その他のボディワークでは共通して「呼吸が大事」だと言われ、深く呼吸することが求められます。
このことは呼吸を整えることが様々な方法論において効果の土台にあることを物語っており、深く呼吸することの意義を理解しておくことは生活の様々な場面で役に立つはず。
今回の記事では深い呼吸が自律神経(交感&副交感神経)を調律する流れを解説し、日々の生活に深い呼吸を取り入れるモチベーションを高めてもらおうと思います。
是非、最後まで読み進めてみてください。
心拍数の揺らぎ(心拍変動)
この記事では深い呼吸と自律神経(交感&副交感神経)の関係についてご紹介していきますが、そのためにまずは心拍数の揺らぎという現象に注目してみます。
ハートレートモニター(心拍数計)でご自身の心拍を観察してみると、安静にしているとき(例えば今この記事を読んでくださっている状況)でも心拍数はある程度上下しています。
私の場合、座って安静にしていると心拍数は65拍/分を中心に上下に±3拍ほどで行ったり来たりします。(下図)
このような揺らぎは「心拍変動」と呼ばれていて、心臓に向かう交感神経と副交感神経の活動レベルが刻々と変化し、それが心拍数の変化として現れています。
この心拍変動という現象は心臓が特に副交感神経の作用をしっかりと受けるとき、大きな変動幅として現れます。
一般的には交感神経の活動が高まれば心拍数は増加し、副交感神経の活動が高まれば心拍数は低下します。
ストレスや緊張などで交感神経優位な状況のときは、心臓へ向かう自律神経も交感神経サイドが優位になりがち。
そのような状況では心拍変動が小さくなるといった変化が見られます。(下図)
自律神経は骨格筋(意識的に動かせる筋肉)以外の全ての体の働きを自動的に調節してくれる大規模ネットワークです。自律神経の働きが正常であることはスポーツや仕事、私生活を問わず最重要な項目と言えるでしょう。
しかしその実、自律神経は複雑すぎて私は何回教科書や論文を読んでも全体像を掴み切れません。
そんな自律神経の、特に副交感神経が正常に働いているかのヒントを心拍変動は示してくれるので大変に有用な指標です。
そのためガーミンなどのデバイスでは心拍変動をもとにストレスレベルなどを表示できる機能が備わっていたりします。
ということで今回の記事では自律神経の働きという捉えどころのないものを、「心拍数の揺らぎ」という具体的なイメージに置き換えながら話を展開していこうと思います。
さて、上記のようにお断りをした上で早速話の核心に入りますが、深い呼吸は心拍数の揺らぎ(心拍変動)を大きくする一つの方法であることが知られています。
呼吸ペースを様々に変えた研究では1分間に6回前後の呼吸ペースで心拍変動が最も大きくなることが観察されていて、この呼吸ペースはヨガや瞑想などでも取り入れられているゆっくりとした呼吸です。(下図)
深い呼吸のペース(6回/分)で心拍変動が大きくなる理由は後ほどご説明していきますが、まず驚きなのは呼吸のペースを変えるだけで自律神経を調律する作用が伺えることです。
焦ったりイライラしたときに「深呼吸して!」と言われることからも、ゆっくり呼吸することは興奮を鎮めたり落ち着くために有効であることは経験的にご存知でしょう。それが数値で示されると、深い呼吸のインパクトは更に大きなものに感じます。
まずは心拍変動という現象が自律神経の状況を可視化してくれること、そして深い呼吸が心拍変動を大きくする方向(自律神経の良い状態)に働くことをご紹介しました。
続いては深い呼吸によって起こる、体の働きを見ていきましょう。
深く吸う、吐くことで起こること
呼吸ペースと心拍変動の関係から、深く呼吸することが自律神経の活動レベルを整えることが伺えました。更に言うと、特に副交感神経の活動を後押しするような作用です。
普段の呼吸では見られないそのような変化が、どうして深い呼吸で起こるのか?
その理由について2019年に発表された論文の一説を元に、深い呼吸で見られる体の反応を2つご紹介します。(参考2)
肺:普段より大きな伸縮の波
空気を肺まで運ぶ通り道である気管支には、肺の膨らみを検知する細胞(気管支平滑筋)が配備されていて、肺の膨らみ具合が常時モニタリングされています。
息を吸い込んでいくとだんだん吸い込みずらくなり、これ以上吸えないという地点に達しますが、これは肺のキャパシティが限界に達したのではなくて、モニタリング機構によって吸気が無意識に抑制されるためです。(へーリング・ブロイウェル反射)
このモニタリング機構には息を吸い込むと同時に活発に検知し始めるものと徐々に活性化される2タイプがあって、特に後者の遅延タイプは肺が膨らみ過ぎて傷つかないよう強力に吸気を抑制します。(下図)
深く息を吸い込むと普段の呼吸よりも肺は大きく伸展します。それによって遅延タイプのアラートが強く発せられると、その分副交感神経が活性化されて、それ以上の吸気を強く抑えると考えられます。(下図)
血圧への物理的な作用
そして呼吸は血圧にも作用します。
呼吸を行うことで胸腔(肺や心臓などが収まっている密閉空間)は拡張、圧縮を繰り返し、胸腔内の圧力は刻々と変化しています。
血圧は心臓からすぐに位置する大動脈弓といわれるところでモニタリングされており、大動脈弓は胸腔内にあるので呼吸によって生まれる圧力変化も検知の対象です。(下図)
特に息を吐く際の胸郭の圧縮フェーズでは血圧は高くなります。その圧変化が検知されると副交感神経由来の信号が心臓へ伝わり、心拍数を低めるように作用します。
よって深い呼吸によって胸腔が通常よりも圧縮されると、その信号はより強いものになると考えられます。
また、前述した1分間に6回の呼吸ペースが最も心拍変動が大きい、副交感神経の活動が賦活される理由として、メイヤー波という0.1Hz周期(=1分間に6回)の血管の自律的なリズムが挙げられます。
呼吸による血圧変動のリズムとメイヤー波のリズムを同調させることで、より大きな血圧の変化が生まれるのではないかと考える研究者もいます。(参考2)
再び、心拍変動について
さて、ここでもう一度心拍変動と深い呼吸の関係を振り返ってみます。
心拍変動は安静にしていても起こる心拍数の小さな揺らぎでした。この揺らぎが大きいとき、交感神経と副交感神経の働きが調律されていて、体の状態は良好です。
深く呼吸をすることで肺の膨らみ具合や血圧の変動幅は通常の呼吸よりも大きくなって、検知された大きな変動は副交感神経の活動レベルを高めます。
記事の前半でお伝えしたように、副交感神経は心拍を遅くするように作用しますので、深い呼吸によって副交感神経の活動レベルが高まれば、大きな心拍変動を促すことが期待できます。
実際に研究からも、深い呼吸では大きな心拍変動が観察されています。(下図)
1分間に6回の呼吸ペースで良好な心拍変動が見られるのは、メイヤー波などの本来備わっている体のリズムと同期することで、大きなシナジーが生まれているのかもしれません。
以上のような作用を踏まえると、深い呼吸は積極的に体の機能を利用して副交感神経の活動を高めようとする取り組みにも感じます。
呼吸から体の機能にアプローチすることで効果が期待できると考えると、取り組みがいのあるものに見えてきませんか?
日常に、Deep Breathを。
以上、深い呼吸の効果の理由についての一説をご紹介しました。
最後のトピックとして、私の場合の日常への取り入れ方を簡単にご紹介したいと思います。
私は主にストレッチを行う際に、1分間に6回の呼吸ペースを維持するようにしています。スマホのメトロノームアプリを気にならない音量にセットしてスタート。
深く息を吸い込む際に目をつぶって「血管が拡張して酸素が行きわたっている」イメージをすると、ジワーと流れを感じます。(冬の時期に手がかじかんだ後、お湯に手をつけたときの感覚のような)
その感覚とともにストレッチを行うと、次の日に張り感が抜ける場合が多いような気もしています。
一日におおよそ15分、このような時間をとっています。
呼吸ペースを気にしない場合と比べて劇的に効果が違うかと言われれば、そうでもありません。
呼吸を気にせずストレッチをしても効果を感じることはありますし、深い呼吸だからこその効果がある!とまで断言できる自信はありません。
ただ今回の記事でご説明したような自律神経の変化が起こり得るのなら、色々トライする中で新たな発見が見いだせるはず。色々と試してみて、一定の効果があるなと感じているのが、ご紹介した方法です。
ちなみに瞑想などを行うときは、私の場合もう少しゆっくりした呼吸(1分間に4-5回)かつ呼気を長めにした方がしっくりきます。
吸気と呼気の比率は1対1.2、ヨガなどでは1対2といったようにバリエーションがありますので(参考2)、どのような比率が皆さんにとって好ましいのかも、トライしてみる価値はありそうです。
まずは一日に10分、1分間に6回の呼吸ペースでストレッチを始めてみることをおススメします。
おわりに
この記事を読んでもらった今、「なるほど。だったらやってみようかな」と思ってもらえていれば嬉しい限りです。
自律神経(交感&副交感神経)は私たちの体を無意のうちに調節してくれる大規模ネットワークであり、その働きは大変複雑なもの。そのため「自律神経をコントロールする」ことは本来的に難しいものでもあります。
しかし深く呼吸をすることで心拍変動が大きくなることは、自律神経の大規模ネットワークにアクセスし、部分的にでもその働きを調律できることを物語っています。
異なった時代や文化背景から生まれたヨガや瞑想、坐禅などで共通してアドバイスされる呼吸。奥が深いなあと感じます。
呼吸は深堀りがいがあります。色々とトライを続け、是非効果を感じ取ってください。
今回も最後までお読みくださりありがとうございました。
また読みに来てください。
<併せて読んでもらいたい記事>
参考文献
Bernardi, L. (2001). Modulatory effects of respiration. Autonomic Neuroscience: Basic and Clinical, 90, 47–56.
Noble, D. J.(2019). Hypothesis: Pulmonary afferent activity patterns during slow, deep breathing contribute to the neural induction of physiological relaxation. Frontiers in Physiology, 10.
Elghozi, J. L. (2007). Sympathetic control of short-term heart rate variability and its pharmacological modulation. Fundamental and Clinical Pharmacology, 21(4), 337–347.
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