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パワーカーブを理解する

5秒パワーや1分、20分パワーなど、異なる継続時間でどれくらいパワーを発揮できるのか(時間パワー)を把握することは、ご自身の体力特性の強みや弱みを把握でき、トレーニングを有効に行うための良い材料になります。

今回の記事では、これらの時間パワーをつなぎ合わせた”パワーカーブ”を理解し、目標設定やご自身の特徴を更に具体化するツールとしてパワーカーブを役立ててもらおうと思います。

記事の途中にはご自身のパワーカーブを簡易的に描画する資料も用意しています。(目次:「ご自身に合ったパワーカーブを作成する」)

是非、最後まで読み進めてみてください。



パワーカーブとは

パワーカーブとは、それぞれの継続時間で発揮できるパワー(時間パワー)を線でつないだものになります。

上の図はあるプロサイクリストのパワーカーブを示しています。パワーウエイトレシオの高さは一般人である我々には参考にならないほど高い数値ですが、この曲線の傾向はプロであろうが一般人であろうが共通しています。

異なる色で区分けしていることに注目してもらうと、それぞれの色で曲線の傾きが変化していることが分かります。

このように傾きが変化するのは、各継続時間によって求められる体力特性が移り変わっていくからで、図にはメインとなるものを書きました。

各体力特性の生理学的なバックボーンについては以前の記事でご紹介しているので、参考にしてみてください。

話を戻し、パワーカーブについて代表的な教科書を参照すると、プロから一般サイクリスト、様々な水準のパワーカーブは下図のようになります。(参考3)

見やすさのため、1分パワーから60分パワーまでを図示しています。

FTP20分テストはこのパワーカーブの減衰の特徴を利用し、20分パワーの0.95倍がFTP(60分パワー)であるとしています。

たとえば20分パワーが300ワット出せた場合、FTPは300×0.95=285ワットという具合です。

各パワー時間の水準(プロ~一般)は幅広く分析されているので、ご自身の場合と比較することが可能なことも有用な点の一つ。

stravaなどのトレーニングアプリ(有料)では期間を選択すれば、その期間中の各パワー時間を計算し、パワーカーブを描画してくれる機能が備わっています。



実際のパワーカーブ

さて、パワーカーブについての概観をご説明しましたが、では実際に一年間を通じて記録されたパワーカーブが綺麗なカーブになるかというと、そんなことはまずないと思います。

実際私のパワーカーブは、このようにいびつな形となっています。

理由は明白で、多くの時間パワー帯において全力を出していることがまずないからです。

綺麗なパワーカーブはご自身の全力値をつなぎ合わせたときに描かれますが、私も含め一般のサイクリストが多くの時間パワー帯で全力値を叩きだすようなトレーニングをすることは稀でしょう。

そうなると、表示されるパワーカーブからご自身の特徴を浮かび上がらせることは難しく、単なる過去のサマリー(まとめ)のように感じるかもしれません。

しかし少し工夫すると、有効な活用方法が見えてきます。

たとえば皆さんは峠タイムトライアル(峠TT)などを行って、全力の時間パワーの記録を一つ持っていらっしゃるかもしれません。

その一点さへ分かれば、その水準のパワーカーブの一般形が描けます。

私の2022年の場合、近くの山で峠TTを行って、13分30秒パワーが320ワット(4.5w/kg)を記録しました。

この記録を元にパワーカーブの基本形を描き、実際のデータ(実績値)と比較してみます。

実際の記録(緑線)の中で、明確に全力を出したのは峠TT(13分30秒、4.5w/kg)だけです。

この記録を元にパワーカーブを描くと、図のオレンジ点線のようになります。

ここで想定していることは、私の峠TTの時間パワー水準で描かれるパワーカーブ(オレンジ点線)が、私の潜在的なパワーであるということです。

本当に点線のようなパワーが出せるのでしょうか?

このことを同年(2022年)に行われた富士ヒルクライムの記録で検証してみると、結果は79分10秒(平地換算で3.9w/kg)でした。この実績値を加えてみると、下の図のようにオレンジ線付近に位置していることが分かります。

これは一つの例に過ぎませんが、異なる継続時間の全力値であっても、同一水準のパワーカーブ上に乗りやすいことを示しています。

つまりどの継続時間であっても、全力を発揮すれはパワーカーブ水準(オレンジ点線)まで出力できる可能性が高いということです。

ちなみに今年は40分パワーの向上に力を入れ、40分パワーは4.1w/kgとなりました。この値は2022年と同水準のパワーカーブ上にあるのですが、先日行われた富士ヒル2024では78分00秒(3.9w/kg)と、2022年とほぼ同様の結果となりました。(下図)

あまり記録が伸びなかったこと自体は悔しいですが、2022年の13分パワーと2024年の40分パワーはどちらも同水準のパワーカーブ上にあり、結果として富士ヒルのタイムも同程度であったことは収穫となりました。

私は教科書的な、パワーカーブの一般形に全力パワーが現れやすいということが、図らずも再検証できた形です。

ということで私の事例をご紹介しましたが、「パワーカーブの一般形」と言葉を選んだのは、個人差により一般形にはあてはまらない人が多いと考えられるためです。

それについて、次のトピックでご紹介していきます。



パワーカーブの個人差

同水準の時間パワーをつなぎ合わせることでパワーカーブが出来る訳なのですが、私たちの現実に応用するには精度に欠ける(パワーカーブ通りにならない)場面にしばしば遭遇します。

ここではその理由を2つの側面からご紹介します。


◆体力特性(脚質)

人によって筋組成(遅筋や速筋の割合)が異なり、また得意な代謝能力(無酸素、有酸素)も異なります。

そのような体力特性の違いによって、相対的に優れた時間パワーもあれば、相対的に劣っている時間パワーがあったりと、理想的なパワーカーブからはややばらつきます。

先ほどお見せしたパワーカーブの一般形は、言わばばらつきのないオールラウンダー(全ての時間パワーが同様の水準)的なものです。

そのため、たとえば5分パワーに秀でた人では5分パワー帯だけが、パワーカーブの一般形から上振れしたような形になります。(下図)


◆疲労プロフィール(疲労抵抗力)

もう一つ重要な要因として、テキストでは疲労プロフィール(疲労抵抗力)と呼ばれる概念の個人差が挙げられています。

こちらの概念はVO2maxや乳酸閾値(LT)などの体力特性が、どれほど疲労に強いのかを表す言葉です。

たとえば、VO2max領域の体力特性は3分パワー以降で強く反映されます。

そうすると、3分パワーというものがVO2max領域のパワー発揮としては最も高くなります。3分以降の5分や8分パワーも、VO2max領域の体力特性が強く反映されますが、3分パワーと比べれば発揮パワーは目減りしていきます。

この目減り具合がどれくらいなのか?を疲労プロフィールでは数値として表します。

3分パワーを100%としたときに、5分パワー、8分パワーが何%落ちるのかを元に、VO2max領域の疲労抵抗力が評価されます。(下図)

乳酸閾値(LT)領域においても同様です。

疲労抵抗力は神経系や無酸素、VO2max、LT領域などそれぞれの領域によって異なってきますので、これらの個人差が一般的なパワーカーブからのばらつきとして現れます。

余談になりますが推定FTPが20分パワー×0.95倍という式は、疲労抵抗力が「平均」の場合の掛け率だとテキストには記載されています。

しかし、このテキストはプロや上級レベルの方を対象として書かれているため、私たち一般人にとって掛け率が0.95倍なのは「高い」疲労抵抗力だなと、個人的には感じています。

実際、論文による20分テストの妥当性を検証した論文でも、一般人にとって掛け率0.95倍はやや高いのではないかという考察がなされています。

もし0.95倍が厳しいと感じていらっしゃる方は、ご自身に合わせて0.85-0.95倍と柔軟に考えるとよいのかなと思います。

以上、余談でした。



ご自身に合ったパワーカーブを作成する

これまでの内容を踏まえ、ご自身に合ったパワーカーブを簡易的に描画する資料を作成してみました。

必ず記入してもらいたい箇所(性別、体重、FTPの3つ)を黄色、任意で記入や選択をしてもらうところを緑色で示しています。記入自体は2分もかかりません。

緑色の箇所はパンチャータイプの脚質のような、各時間パワーの水準が均質ではない場合に、曲線のアレンジを行ってもらう箇所になります。(下図)

ご自身のパワープロファイル(脚質)がどのようなものであるのかは、以下の資料を参考にしてみてください。

疲労プロフィールに関しては乳酸閾値領域のみの補正にしました。

これはテキスト通りに無酸素領域やVO2max領域の補正を組み込むと、8分パワーが20分パワーと同等になるなどの矛盾が発生しやすいためです。

相当鍛錬を積んでいる上級アスリートでない限り、疲労プロフィールは乳酸閾値領域の補正のみで十分かもしれません。

資料を下にスクロールしてもらうと、個々の記録を記入するところがあります。パワーカーブとは別にグラフ上にポイントを描画できます(三色)ので、過去の軌跡やこれからの記録残しにご活用ください。

表示されるグラフは見やすさのため5分パワーまでと、5分パワー以降に分けています。

特に5分パワーまではVO2max系のインターバルトレーニングの指標になるよう30秒、1-5分の値を示しています。ただこの値については妥当だと思う曲率を採用して予測していますが、今後私自身で検証していく予定です。

もしアドバイスがあれば、是非お伝えください。

<資料の利用について>

この資料は多くの方に活用してもらえるよう、無料でご提供しています。

そのため、商用目的に無断で資料を利用することは相互信頼に欠ける行為ですのでおやめください。

SNSなどのメディアで結果のグラフをアップロードすることや、画像として記事でご利用されることなどはもちろん構いません。

またコーチやトレーナーの皆さまが選手へのフィードバック資料としてお使いになることも問題ありません。

その際は、引用記事として記載していただけると嬉しいです。

<資料のエラーなどを発見したら>

この資料はまだまだエラーチェックの行き届いていないプロトタイプです。

もし記入されておかしな数字や判定、エラーが出ましたら、気軽にコメント欄でお伝えください(コメントは削除可能ですので、ご要望があれば確認後に削除致します)。

皆さんにコメントを頂きながら、より良いものに随時修正していきたいと考えています。



トレーニング効果の波及

ここからはパワーカーブの活用について考えていきましょう。

私が思うパワーカーブの優れているところは、個人の特徴に沿ってトレーニングを組み立てるための強力なツールになることです。

まず考察材料としてプロサイクリストの6年分(18歳-23歳)のパワーカーブを追跡したデータを見ていきます。

5秒や30秒、1分パワーは入り乱れており、何か関係性があるようには見えませんので、見やすくするため1分パワー以降を図示してみます。

この図から色々なことが読み取れると思いますが、注目したポイントは5分以降のパワー水準はとても安定しているということです。

逆に1分パワーと5分パワーの関係はあまり強くないように見えます。

1分パワーが無酸素領域、5分パワーがVO2max領域の体力特性が強く反映されることを考えると、この選手の場合、両者の相関関係は低いと考えられます。(相関関係とは、一方が高ければもう一方も高く、一方が低ければもう一方も低いといった相互関係を意味します)

たとえばこの選手がVO2max領域~LT領域を向上させるため、5分高強度-5分リカバリーのインターバルトレーニングを1ヶ月しっかりと取り組んだとします。

その結果、1ヶ月前に比べ5分パワーがしっかり伸びたとすると、パワーカーブ全体はどのように変化すると期待できるでしょうか?

先ほどの結果からは、VO2maxの体力特性が強く反映される時間パワー以降で、トレーニング効果が波及する可能性が高いと考えられます。

よってこの選手の場合は1分パワーを高めることに注力するよりも、もう少し長い時間パワーに取り組んだ方が、VO2max領域以降の時間パワーの向上が期待できると考えられます。

ここで一点お断りしておくと、一般的には無酸素領域とVO2max領域にはある程度相関関係があります。スプリントインターバルトレーニングがVO2maxの向上に役に立つことなども知られていますので、1分パワーがVO2max領域の向上に貢献することはおおいにあり得ることです。

ご紹介したのはあくまで一例ですが、このようにトレーニングによってご自身のパワーカーブがどのように変化しやすいのかを把握できると、より効率の良いトレーニングプランが立てやすくなります。

トレーニングを進める上で大切だなと思うポイントは、種々のトレーニング方法で一般的に認められる効果がご自身に当てはまるかどうかは別問題だということです。

人によって同じ強度、同じ時間トレーニングを行っても得られる効果はマチマチなので、ご自身をモニタリングしながら効果を判定する必要があります。

そういった際にパワーカーブの推移を把握できていると、「私には効果がある」と自信をもってトレーニングに励むことができるでしょう。

どのようなトレーニングが、どの領域へ効果が波及するのか。ご自身の特徴が理解できていれば、より効果のあがるトレーニングプランを組み立てられ、流行のトレーニングを取り入れるかの判断も、自信をもって検証できるようなるのではないでしょうか。

ご自身のトレーニングの歴史をパワーカーブで検証することで、トレーニングの厚みが生まれます。



トレーニングで気を配るべきこと

たとえばFTPの向上を目指す場合、目標とするFTP水準のパワーカーブ上にその他の時間パワーを引き上げることがトレーニングの中間目標になってきます。

そこでVO2max系のインターバルやLT強度域でのSST(スイートスポットトレーニング)などを実施する訳ですが、その際のパワー値はどのように設定すべきでしょうか?

今のFTPが250ワット、一年後の目標FTPが280ワットだとします。

SSTをFTPの90%で実施する場合、現在のFTPである250ワットで計算し、250w×0.9 = 225ワットで開始することは妥当です。

ところが仮に一ヶ月が経ったとき、SSTメニューを同じ225ワットで行うことには疑問が残ります。

というのも目標FTPで考えた場合、SSTメニューは最終的に280w×0.9 = 252ワットで実施すべきものだからです。

もちろん始めからこの強度で行うことは難しいので、徐々に高めていくことが原則にはなります。

しかし強度設定はかなり大事なもので、多くのメニューは「最大パワー水準の85-95%」を反復することでトレーニング適応が得られるようにデザインされているものが多いです。(強度に重きを置いているトレーニングの場合)

そのため体力が向上しているのにパワー値が据え置きの場合、相対的に強度は下がり、体の適応が起こらなくなってきます。

トレーニングとしては非常にもったいない。これはSSTメニューに限らず、VO2max系のインターバルなど様々なトレーニングにも言えます。

取り組むメニューのパワー値は、現状どれくらいが適していて、目標とする未来にはどれくらいのパワー値で行うべきものなのかを頭に入れることで、目標の実現確率を高めることができるのではないかと感じます。

そういった全体像を把握するためにも、パワーカーブは有用です。

以上、パワーカーブについて概要から実際への活用までをご紹介してみました。



おわりに

ヒルクライム大会などのコメンタリー動画を見ていると、パワートレーニング(パワーを把握してトレーニングを実施すること)の普及以降、「全体のレベルが上がってきている」と皆さんおっしゃられています。

私がロードバイクというスポーツが好きになった三年前には、既にパワーメーターを手に入れられる時代になっていたので、パワー値を活用できなかった時代を知りません。

そのため過去については想像するしかありませんが、パワー値を知れることの優位性は疑いようがありません。

というのも、トレーニングは今より少しだけ高い負荷をかけ続けることで効果が得られるという原則があります(過負荷、漸進性の原則)。

この「少しだけ高い」という負荷は、心拍や主観的運動強度だけではなかなか見定められるものではない反面、パワー値であれば数値として一目瞭然です。

効率的にトレーニングを積み上げるために、これほど便利な指標はないように感じます。

客観的な目標値の設定、コーチと数値的にやりとりができることなども、パワー値の優位性です。

パワートレーニングが今後ますます発展していくことは想像に難くありません。

今後はより個々の特徴に合わせたトレーニングのオーダーメイド化が進むと考えられます。

そのためパワーについて理解しておくことは、今後のトレーニングの発展を享受するためには欠かせないものになってくるでしょう。

今回の記事はこのような考えから、多くの方にご自身のパワーの扱いに親しんでもらえたらいいなと思い作成しました。

私もまだまだ試行錯誤中ですので、またアップデートしていきます。

今回も最後までお読みくださりありがとうございました。

また読みにきてください。


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参考文献

  1. Pinot, J. (2015). A six-year monitoring case study of a top-10 cycling Grand Tour finisher. Journal of Sports Sciences, 33(9), 907–914.

  2. Pinot, J. (2011). The record power profile to assess performance in elite cyclists. International Journal of Sports Medicine, 32(11), 839–844.

  3. Allen, H. TRAINING+RACING WITH A POWER METER. 3rd edition.BOULDER.


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