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ミトコンドリアの存在感 -エピソード1-

どんな細胞にも必ずあるミトコンドリア。持久系スポーツにおいては非常に大きな役回りを果たしてくれてもいる。

この細胞小器官は知れば知る程に奥が深い。不思議でたまらない。

そんなミトコンドリアについて書籍や論文、大学で学んだことを一度文章として整理をしてみようと思い立った。

話の筋がまとめ切れていないため1つの記事では完結させず、いくつかの記事に分けて展開していこうと思う。

また整理すると言っても教科書のように網羅的にまとめるのではなく、サイクリングや持久系競技を楽しんでいる皆さんや、トレーニングに勤しんでいる皆さんにとって、読んでよかったと思ってもらえる内容を綴っていきたい。

ミトコンドリアが有酸素エネルギーを生み出す場所であるなど、ミトコンドリアについての下地となる知識は以前に海外の記事をご紹介したので、そちらを参考にしていただき、このシリーズでは川崎が学んだ際に特にワクワクした内容を取り扱っていくことにする。

是非、読み進めてみてください。



1. ミトコンドリアのサイズ感

まずはミトコンドリアのサイズ感についてお伝えしたい。

イメージを形作ってもらうために、筋線維と比較しながら話を進めていこう。

筋線維が何千、何万本と束になることで一つの筋肉になっている訳であるが、一つ一つの筋線維の直径はだいたい髪の毛(0.1mm)ほどであり、その円柱内のスペースにミトコンドリア含め様々な構造物が詰め込まれている。

と言っても小さすぎて筋線維内の空間をイメージすることは難しい。そこで筋線維をキャリーバッグ(スーツケース)で例えることにしよう。キャリーバッグ自体が筋線維で、その収容スペースが筋線維内のスペースだ。

そのようにイメージしてもらうと、ミトコンドリアはおよそBB弾くらいの大きさになる。(ミトコンドリアの外見はもっと複雑だが、まずは簡単にイメージしてもらいたい)

筋線維に比べると、だいぶサイズ感は小さい。しかし、全てのミトコンドリアを足し合わせると少なく見積もっても筋線維内の5%以上のスペースを占めている。

皆さんがイメージされているスーツケースの高さの5%分を占めるほどのBB弾を買ってきて、衣類などをぎっしりとパッキングする、その隙間という隙間に全てのBB弾を均等に流し込む。服と服の間、洗面用具ケースの中、あらゆるものの間に均等にBB弾を詰めた状態をイメージしてみよう。これで模擬筋線維の完成だ。

どこを広げてみても必ずBB弾が沢山見つかるはずだ。

どうだろう、ミトコンドリアは全体の5%といってもものすごい量であることがイメージできるだろうか?

ちなみに後ほどご紹介するが、鳥類の羽を動かす筋肉ではミトコンドリアが30%ほどのスペースを占めている。これはもう相当な量である。

そしてこれらのミトコンドリアたちが糖質や脂質+酸素を使って運動に必要なエネルギーをまかなっているのだ。



2. 筋線維の三大構成要素の割合

さて、ミトコンドリアのサイズ感がイメージできたところでもう少し筋線維についてお話していきたい。

筋線維について教科書を読んでいくと筋内膜やリボソーム、核などたくさんの名称がずらっと並び、覚えるのも一苦労である。

そこでもし私が、「筋線維についての名称で覚えておくべきものベスト3は?」と聞かれれば、以下の3つとお答えする。

  • 筋原線維

  • 筋小胞体

  • ミトコンドリア

このようにお答えする理由は、これら3つで筋線維内のスペースの9割以上を占め、そしてこれらは筋肉が収縮するという機能において欠かすことができない構造物だからだ。下の図でざっくりと筋線維の構造についてイメージを形作ってもらい、もう少し詳しくご説明していこう。

筋線維と筋原線維の違いに注意。

3つの構成要素は、以下のような機能を持っている。

◆筋原線維
収縮ユニット。筋原線維が収縮することでパワーを発揮できる。筋原線維が多ければ多いほど、より大きなパワーを発揮することが可能だ。

◆筋小胞体
筋原線維の周りを取り囲む構造物。収縮のスイッチの役目を果たす。筋小胞体が発達しているほど、非常に素早いスイッチのオン/オフが可能になり、筋収縮を繰り返す周期を早くできる。

◆ミトコンドリア
糖質や脂質、ときにはアミノ酸さえもエネルギー(ATP)に作り替える超優秀な存在。その数が多く、質が高いほど有酸素能力は高まる。持久系競技には必須。


3つの構造物はどれも大切な機能を持っていて、筋線維内の90%以上のスペースにこれらがぎっしりと配備されている。よってどれかの機能を特化させようとすると、どれかの機能を犠牲にせざるを得ない。

例えばチーターのように短時間でもいいから爆発的な瞬発力を備えた筋線維であるためには、限られたスペースに出来る限り筋原線維を詰め込む必要がある。ミトコンドリアが少なくなって短時間しかスプリントがもたないのはやむなしである。

一方、チーターのようなハンターから何とか持久力で勝り逃げ切るためには、筋原線維を少し犠牲にして替わりにミトコンドリアを詰め、より長時間エネルギーが枯渇しない持久力のある筋線維を備えるべきだ。

また、ガラガラヘビのように数時間にわたって毎秒90回ほどの振動で音を発生させ続けるための筋線維にパワーは必要ない。そのため筋原線維は少なくてよいが、筋小胞体(発達しているほど収縮周期を早くできる)とミトコンドリアをたくさん詰め込んだ筋線維にすべきだろう。

以上のように、3つの構成要素の比率を変えることで多種多様な目的に適した筋線維に仕立てることができ、実際そのようにカスタマイズされている。以下の図は、3つの比率が異なった筋線維の例である。

表示されている%は、筋線維全体の中で何%かを示している。参考1, 2, 3

また速筋線維と遅筋線維でもこの3つの構造物の割合は異なり、速筋線維の方が筋小胞体は発達しているが、ミトコンドリアの数は遅筋線維の半分ほどのようだ。(参考4)

筋小胞体とミトコンドリアは控えめに描画されているが、両筋線維での違いが見て取れる。

以上のように、限りある筋線維のスペースをどのように活用するか?で筋線維の機能が変わってくる。もう一度筋線維の3つの構成要素を整理しておこう。

  • 筋原線維:収縮ユニット。多いほどパワー大

  • 筋小胞体:収縮のスイッチ。発達しているほどon/offの切り替えが早い

  • ミトコンドリア:エネルギータンク



3. 筋線維の適応

動物は生活スタイルが一定しており、既存の構成割合が最も生活に適した状態と考えられる。恐らく生涯を通して3つの構成要素の割合が大きく変化することはないだろう。

人においても3つの構成要素の割合を大きく変えることは出来ないが、ある程度なら融通は効くようである。そう、トレーニングによる変化がそれを証明している。筋線維を大きく(肥大)させたり、ミトコンドリアの量を増やしたりといった筋線維の適応が可能である。

以前にもご紹介したことのある論文では、ハイレベルなサイクリストは一般的な人に比べて1.8倍ものミトコンドリアが筋線維内に配置されているようだ(数を数えた訳ではなく、あくまでミトコンドリアの成分量ではあるが)。

参考6

またミトコンドリアの数を増やすだけではなく、各ミトコンドリアの機能を高めることや近隣のミトコンドリアとのネットワークを強めるなどの様々な適応現象が観察されている。

これらミトコンドリアのトレーニングへの適応については、記事を改めじっくりと説明をしていく予定である。



おわりに

動物は持って生まれた遺伝的な要因で割り当てられた筋線維の構成をフルに活用して生き抜く。チーターはスプリントし、ガゼルは圧倒的な持久力で難を逃れる。逆を言えばチーターは持久走は避けるし、ガゼルはチーターのように一発勝負は狙わない。自分たちの持ち味を自然と理解している。

一方で私たち人間は与えられた初期設定値を変えるべく、自らの意思で筋線維を過酷な状況にさらし、筋線維をアスリートに仕立て上げていく。もちろんその変化には上限があり、その中で一喜一憂する日々だ。

しかしそれが楽しく、筋線維の可塑性が豊かな日常をもたらしてくれていることは間違いない。中でもミトコンドリアたちの仕事がサイクリストや持久系競技者を支えていると言っても言い過ぎではないだろう。

そんなことを考えながら研究者たちの築き上げてくれた論文を読むのは本当に楽しく、ワクワクするものだ。だからこそ、私からも皆さんへ伝えてみたい。

皆さんに何か一つでも新しい発見があれば大変光栄である。

次回は違った角度からミトコンドリアをご紹介していく予定である。

また読みに来てください。

今回も最後までお読みくださりありがとうございました。


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参考文献

この記事は以下の参考文献を元に作成しました。

  1. Schaeffer, J. (2013). How animals move: Comparative lessons on animal locomotion. Comprehensive Physiology, 3(1), 289–314.

  2. Luthi, J. (1986). Structural changes in skeletal muscle tissue with heavy-resistance exercise. International Journal of Sports Medicine, 7(3), 123–127.

  3. Vinnakota, C. (2004). Myocardial density and composition: a basis for calculating intracellular metabolite concentrations. Am J Physiol Heart Circ Physiol, 286, 1742–1749.

  4. Zierath, R. (2004). Skeletal muscle fiber type: Influence on contractile and metabolic properties. PLoS Biology, 2(10)

  5. Picard, M., (2012). Mitochondrial functional specialization in glycolytic and oxidative muscle fibers: tailoring the organelle for optimal function. Am J Physiol Cell Physiol, 302, 629–641.

  6. Jacobs, R. A. (2013). Mitochondria express enhanced quality as well as quantity in association with aerobic fitness across recreationally active individuals up to elite athletes. Journal of Applied Physiology, 114(3), 344–350.

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