#22 ワールドクラスのフィジカルはどのように驚異的なのか?
ツールやブエルタ、その他ワンデーレースで上位となる選手たちのフィジカル、映像を見ていて凄まじいものを感じますよね。
単独の逃げ切りやアタック合戦の応酬から最後のスパート。
彼らの尋常ではないフィジカル、その秘密の一端を今回の論文は解き明かしてくれています。
今回の論文では、ワールドクラスの選手は遅筋線維(タイプⅠ)の能力が並外れていることが示されています。
是非、読み進めてみてくださいね。
はじめに
みなさんこんにちは、川崎です。
記事に目を通してくださりありがとうございます。
今回の論文レビューでは前回に引き続き、プロ選手の驚愕なフィジカルについて検証を行った論文をご紹介します。
検証した内容は単刀直入。
ワールドクラスとサブエリートのフィジカルは何が違うのか?
それも一般的に語られることの多いVO2maxの値やFTP値のみではなく、より深堀りしているところがこの論文の魅力です。
前回ご紹介した論文も併せて目を通してみてくださいね。
検証方法
検証として選手は以下2グループに分けられました。
・25名のプロサイクリスト(ワールドクラス含む)
経歴として選手の内の一名はツールドフランス、ジロデイタリアでトップ10フィニッシュ。
内一名はツールドフランス8位、内数名はグランツールのステージ優勝。
内四名は世界選手権にスペイン代表として出場。
その他の選手も1度はグランツールに出ていることが選考基準になっています。
・25名のサブエリートサイクリスト
選考基準として、U23エリートクラスで2年以上競技をしていること。そして彼らはスペインの強豪アマチュアチームに所属しています。
これら検証に参加した選手のシーズン中でベストな状態時に行ったランプテストの結果が比較されています。
なお、グループ間の身長と体重に大きな差はありません。そしてランプテストの結果、VO2max(最大酸素摂取量)にも違いがないことが分かりました。
VO2maxについてはこの論文以前からも、優れたアスリート間においてはその高低とパフォーマンスに大きな関係は見られないことが示されています。
例えば40kmタイムトライアルの結果は、VO2maxという最大値よりもむしろ後ほどご紹介するVT1やVT2のような最大下の値が重要であると言われています。
換気性作業閾値
検証結果として換気性作業閾値であるVT1、VT2の結果が示されています。
換気性作業閾値はエネルギーとして使われる燃料が脂質なのか、糖質なのか、また有酸素運動が主体なのか、無酸素運動が主体なのかを酸素吸収量と二酸化炭素排出量を測定し、その結果から推定される値です。
VT1は脂質代謝の利用が最も高くなる強度で、通常の会話がしづらくなる強度帯。
そしてVT2は糖質代謝が大部分を占め始める強度で、1-2単語での会話しか続けられない強度帯とされています。
一つ前の記事でこの換気性作業閾値についてご紹介していますので、そちらもご参照ください。
このVT1やVT2といった閾値が高いワット数で現れるほど、有酸素運動によって高いワット数までまかなえるため、レースを有利に運べると言えます。
例えばVT1(脂質代謝で持続できるワット)が、A選手は200ワット、B選手が250ワットだとします。
レースで220ワット巡行をしている場合、A選手は脂質代謝だけではエネルギーをまかなえずに、糖質も多く利用しています。
一方B選手はまだ多くを脂質代謝でまかなえる強度です。この二人が同じように220ワットでレースを走っていたとすると、A選手の方が疲労は早く、糖質の利用が進んでいますので最後のスパートに残せるエネルギーも少なくなります。
ということで、VT1が高いB選手の方が有利です。同じようなことがVT2にも言えます。
検証結果
検証の結果、ワールドクラスの選手の方がVT1とVT2ともにサブエリートクラスの選手よりも高いことが分かりました。
VT1はワールドクラスが平均262ワット(体重比3.8)、サブエリートクラスが平均235ワット(体重比3.5)と30ワット近い差が見られました。
そしてVT2はワールドクラスが平均385ワット(体重比5.5)、サブエリートクラスが平均323ワット(体重比5.0)と、60ワットもの差が見られました。
VT2はおおよそFTPの値に近いと考えられるので、60ワットの差が非常に大きいことは感じていただけると思います。
同じ体重の二人がヒルクライムをしていて、60ワット違えば全く勝負になりませんね。
以上のように、ワールドクラスの選手の驚異的な換気作業閾値(VT)が明らかになりました。
ここからは、その詳細を追った結果を3つご紹介します。
RER(呼吸交換比)の推移
呼吸交換比とは、排出した二酸化炭素÷取り入れた酸素の値です。この値によって脂質や糖質をどのような配分で燃料源として使ったかが分かります。
例えばRERの値が1.0であれば、排出した二酸化炭素と吸収した酸素との量が同じです。このとき、燃料源はほぼ糖質に頼っていると言えます。
RERが1.0以下であれば、糖質に加えて脂質も燃料源として使われている状態であり、少ない糖質の利用で必要なエネルギーがまかなわれているため、効率が良いと言えます。
このRERの推移は、以下の図のようにワールドクラスの選手の方が低い値で推移している、つまり脂質代謝で効率よくエネルギーを生み出せていることが分かりました。
血中乳酸値
続いてお示しする血中乳酸値は、糖質を有酸素的もしくは無酸素的、どのように使っているかが反映されたものになります。
ざっくりと糖質によるエネルギー産生について説明を行うと、糖質はまず筋線維の中でピルビン酸という物質に変換される過程でエネルギーを作り出します。
この過程で酸素は必要ありません。そして素早くエネルギーを生み出せます。いわゆる解糖系です。
① 糖質 → ピルビン酸+生み出すエネルギー(小) <時間短い>
そしてこのピルビン酸が筋線維の中にあるミトコンドリア内に運ばれると、そこで酸素を使ってより多くのエネルギーを作ります。その代わり、長い時間を必要とします。いわゆる有酸素系です。
② ピルビン酸+酸素 → 水+二酸化炭素+生み出すエネルギー(大) <時間長い>
と、このように①→②までスムーズに行われていると、乳酸が溜まっていくことはありません。
しかし、緊急にエネルギーが必要となってくると②の有酸素的な過程が追いつかなくなります。素早くがんがんと①の無酸素的な過程でエネルギーを生み出し続ける結果、ピルビン酸が余ってきます。
このピルビン酸を筋内でストックできれば問題ありませんが、ピルビン酸は非常に不安定。勝手に反応してしまい使えなくなってしまいます。
そこで余ってしまったピルビン酸が、乳酸として筋内にストックされます。
③ ピルビン酸 → 乳酸 (ストック可)
そして筋線維内にストックできる乳酸には限りがありますので、ストックできない分は血液中に放出されて、まだストック余力のある筋線維に運ばれて、そこでエネルギー源として使われます。
④ 筋内乳酸ストックの限界 → 血液中へ乳酸を放出
血液中の乳酸値が高くなるということは①の解糖系(無酸素能力)に頼っていることを示しています。
そして血中乳酸値がおおよそ4ミリモルという量で回せなくなってくる運動強度に達すると、一気に血液中の乳酸値が上昇します(OBLAといいます)。
この状態では解糖系の能力を酷使し続けることになって、糖質のストックはみるみると減っていき、あっという間に疲労困憊に達してしまいます。
ということで、血中乳酸値の推移を調べることによって筋肉がどのようにエネルギーを生み出しているのか、そして筋内の緊迫度が推し量れます。
検証の結果、この血中乳酸値もやはりワールドクラスの選手の方が高い強度帯でも低く推移されています。
サブエリートクラスの選手が350ワット以降に血中乳酸値が4ミリモルを越えて急上昇しているのに対して、ワールドクラスの選手は400ワットでもまだ4ミリモル以下で持ちこたえています。
これはミトコンドリアの脂質代謝能力が高いことに加えて、糖質を利用した有酸素能力が高いことや毛細血管がより発達していることなどが背景にあると考えられます。
筋電図
最後に、筋電図の結果が示されています。
この解析では大腿四頭筋(外側広筋)の筋活動の変化から、速筋線維(タイプⅡ)が動員され始めるタイミングが検証されています。
このタイミングは、ワールドクラスが243ワットであったのに対して、サブエリートクラスが213ワットと30ワットの開きがありました。
この結果から、ワールドクラスの選手の遅筋線維の有酸素能力が高いことが伺えます。
以上の結果をまとめます。
ワールドクラスの選手は、サブエリートクラスの選手に比べて
VT1(脂質代謝)が30ワット高い
VT2(有酸素能力)が60ワット高い
脂質代謝をより高強度まで維持できる(RERの結果)
血中乳酸値が低い状態をより高強度まで維持できる
遅筋線維(タイプⅠ)の動員を主にしてより高強度まで維持できる(筋電図の結果)
これらの結果から、ワールドクラスの選手は遅筋線維(タイプⅠ)の有酸素能力が非常に優れていることが伺えます。
脂質をエネルギー源として回す力、糖質を有酸素的に回す力共に素晴らしい。そしてこれらの能力はミトコンドリアが発揮する力です。
ということで、いかにミトコンドリアを育てられているかにワールドクラスとサブエリートクラスの間に違いがあるとも言えそうです。
ミトコンドリアの適応に関してはレビュー#1、#2、#4、#5でご紹介していますので、そちらも是非読んでみてください。
一点少し疑念があることは、この論文が1990年代後半に発表されていることです。
この時期はツールドフランスでドーピングスキャンダルが盛んに取り上げられていた時期ということもあり、今回の「ワールドクラス」の選手たちのデータがもしかすると、、、という疑念がぬぐえません。
内容は文句なく素晴らしい内容だと感じますし、この論文を引用文献として参考にしている論文数も非常に多いです。
疑わなくてはならないことは悲しいことですが、お伝えしておきますね。
おわりに
今回で論文レビューの記事を22回書かせてもらいました。
トレーニング関連の論文をご紹介しながら、体についての理解も深めてもらえると嬉しいなという思いで書き続けています。
以前の論文レビューも参照しながら論文をご紹介できる機会が多くなってきましたので、以前からお読みくださっている方にとってより美味しい、実りのあるご紹介をしていければと思います。
これからもご紹介したい論文はまだまだ続きますので、楽しみにしていただけると嬉しいです。
みなさんの日々のトレーニングがより楽しいものになりますように。
ご紹介した論文
Pardo, J., & Lucía, A. (1998). Physiological Differences Between Professional and Elite Road Cyclists. International Journal of Sports Medicine, 19(5), 342–348.
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