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#21 グランツールは選手をどのくらい疲労させるのか?

 ツールドフランスが終わり、現在ブエルタ・ア・エスパーニャが開催されていますね。

皆さんは御覧になっていますでしょうか?

今回の論文ではこれら21日間を通じて繰り広げられるグランツールに出場している選手が、どのくらい疲労しているのか?に注目した検証が行われています。

検証の結果をざっくりとお示しすると、以下のようなことが分かりました。

  • プロ選手と言えども21日間戦う中で疲労し、オーバーリーチングの状態に移行していく

  • 週を経るごとにパワー値自体は低下していくが、選手本人の努力度に変わりはない

  • 主観的な疲労感はどんどん高まっている。選手とすればパワーが出ない、脚は辛い。第3週は相当にハードな週である。

是非、読み進めてみてくださいね。



はじめに

グランツールを走っている選手たちは、年間で30,000km以上もの距離を走り、そうした過酷な日々によって凄まじい能力を身につけています。

例えばVO2max(最大酸素摂取量)は70-85ml/kg/minもあり(一般男性は40前後)、FTPは優に体重の5倍を超えてきます。

そんな鋼の体を持つ選手たちにとって、21ステージを走るグランツールはどのくらい疲労するものなのでしょうか?

大会の動画を視聴していても、選手たちがポーカーフェイスなのか、あんまり疲れてないのかな?と思うことがあります。

本当に疲れていないのか?実はかなり疲労しているのか?

すごく気になります。

今回の論文では、こういった疑問を解くべくブエルタ・ア・エスパーニャに参加した選手を対象に検証を行っています。

ブエルタ中のパワー発揮、それにブエルタ前後で行っている測定を元に論文が展開される大変面白い内容となっています。


検証方法

検証にはブエルタに出場したコンチネンタルチームの選手7名が参加しています。

コンチネンタルチームとはチーム格付けでワールドチーム、プロチームに次ぐ3番目にあたり、セミプロチームに位置付けられています。(参照:栗村修のワールドツアーへの道

選手たちはブエルタの前後にランプテストを実施して、VO2maxや呼吸動態によるおおよそのFTP強度が評価されています。

このランプテストによって、ブエルタ後の選手の疲労状態を検証。

そしてブエルタ中のパワー発揮や心拍数を一週毎に集計し、週を経るごとにどのような変化があるのかも併せて検証されています。


検証結果1:ブエルタ前後のパフォーマンスの変化

ブエルタ前後でのランプテストを比較した結果、ブエルタ後にはVO2maxとFTPともに10%前後の落ち込みがあることが分かりました

詳細については、下図をご覧ください。

また、パワー発揮が落ちるとともに心拍数も低下しています。このことから、選手たちはブエルタを経てオーバーリーチングもしくはオーバートレーニングの状態になっている可能性が考えられます。

オーバーリーチング、オーバートレーニングを以前の記事でもご紹介させてもらいましたが、これらは単に疲労がたまっている状況とは異なり、体の機能が低下しています。

例えば体内のエネルギーが枯渇したり、筋に疲労物質が溜まったりするなどの疲労であれば、疲労の元が解消されればいつも通りのパフォーマンスが発揮できるはずです。

しかしオーバーリーチングやオーバートレーニングの状態では上記のような疲労が解消されたとしても、自律神経の働きが適切に活性化できないなどの体全体の機能低下が同時に起こっており、いつも通りのパフォーマンスを発揮できません。

ランプテストで明らかになったパフォーマンス低下。では実際にブエルタ中にどのように低下していっているのでしょうか?


検証結果2:ブエルタ中のパフォーマンスの変化

まずは各週にどの強度帯のパワーをどれくらいの時間出していたかの結果を下図でご覧ください。

注意点として、上図はランプテストによって検証されたパフォーマンスの低下を考慮して、各ゾーンのパワー値が補正されています。(後ほどもう少し補足します)

図を見てもらうと、各週の各ゾーンの出力時間には大きな違いはありません。

これは週を経るごとに疲労していくことを勘案し、その疲労分を補正した結果になります。

つまり、1st weekではゾーン3の強度帯は360w以上が当てはまるのに対して、2nd weekと3rd weekでは340w以上を含むように計算されています。

ブエルタ後のランプテストで明らかになったパフォーマンス低下分をweek2、wee3では勘案しているということです。

仮にブエルタ前のランプテストの結果だけをもとに3週全てのゾーン分布を計算すると、下図の<補正前>のようになります。

補正前の図からは、ゾーン3の強度帯は週を追うごとに少なくなっているように見えます。

しかしそうではなくて、筆者はブエルタ後のランプテストの結果より、オーバーリーチングもしくはオーバートレーニング状態によってパフォーマンスの低下が見られるため、ランプテストの結果に基づいて2nd weekと3rd weekの各ゾーンに当てはまるワット値を下方補正しています。

それによって、補正後の図から各ゾーンの出力時間は週を経ても大きな違いは見られないことが伺えます。つまり、努力度に違いはないと言えます。

実際に出力できていたパワー値は週を経るごとに確かに低下していますが、補正後の図から選手の努力度に大きな違いはないことが伺えます。

以上をまとめますと、ブエルタ中の選手たちは

  • 出力できる純粋なパワー値は週を経るごとに下がっていく

  • パワー値は下がっているものの、努力度は変わらない

ということが言えそうです。


検証結果3:主観的な疲労感、心拍数

最後に、ブエルタ中の主観的な疲労感と心拍数の変化を見ていきます。

結果を見る視点として、検証結果2にあった「パワー値は下がっているものの、努力度は変わらない」ということを踏まえて解釈していきますね。

検証の結果は、週を経るごとにセッションRPE(その日、どれくらいきつかったかを0-10で表す)と脚の疲労感(0-10、10が最も辛い)は徐々に上がっています。

それに対して最大心拍数と平均心拍数は週を経るごとに下がっています。

同じ努力度で疲労感が増えること、心拍数が減ることはオーバーリーチング、オーバートレーニングの兆候であることを以前の記事でご紹介させてもらいました。

筆者はこれらの状況から、選手たちが週を経るにつれてオーバーリーチングもしくはオーバートレーニングの状態に移行したと考察しています。


以上、検証1~3の結果をまとめると

  • プロ選手と言えども21日間戦う中で疲労し、オーバーリーチングの状態に移行していく

  • 週を経るごとにパワー値自体は低下していくが、選手本人の努力度に変わりはない

  • 主観的な疲労感はどんどん高まっている。選手とすればパワーが出ない、脚は辛い。第3週は相当にハードな週である。


おわりに

実際にブエルタを走った選手のデータを元に検証が行われた論文を紹介させてもらいました。いかがだったでしょうか?

大会中の動画を視聴していると、選手たちは疲れ知らずなのか?と思うほど大会終盤でも脅威のパフォーマンスを見せていますが、実際にはかなりの疲労を抱えながら走っていることが今回の論文から伺えました。

強靭な体をもった選手たちをもってしても、21日間を戦い抜くということは相当にハード。

だからこそチーム一丸となってエースの勝利を狙う戦術などが非常に大切になるのだなと感じました。

ちなみに、今回の検証に参加したのはコンチネンタルの選手ということで、それこそワールドチームの選手ではまた違った結果になるのかもしれません。

筆者の考察としても、今回のパフォーマンス低下幅は他の同様の論文と比較して割合大きなものであったと記載されています。

またの機会に他のグランツールを題材にした論文もご紹介しますね。


今回も最後までお読みくださりありがというございました。スキ、フォローを頂けると大変励みになります!

これからもよろしくお願いします。


ご紹介した論文

Rodríguez-Marroyo, J. A., Villa, J. G., Pernía, R., & Foster, C. (2017). Decrement in professional cyclists’ performance after a grand tour. International Journal of Sports Physiology and Performance, 12(10), 1348–1355. https://doi.org/10.1123/ijspp.2016-0294



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