約束の地―大統領回顧録、あるいはオバマ氏による1000P超の無機質な利益相反開示文書

2.0/10
図書館本。
2009-2017の8年任期を務めたバラク・オバマ元大統領の回顧録。

おそらく全ての米国民が読むことを想定し、さらにメディアによる恣意的な抜粋攻撃と揚げ足取りも念頭に置いて、かなり堅く書かれている。
そのため総花的というか、当たり障りがなく、やや面白みを欠く。
まず何より、そもそも日本で広く売ろうとする気があまりないんじゃないか。日本語版は上下巻構成なのだが、上下の装丁が笑ってしまうくらいまったく同じだ。出版社の仕事としては商売っ気がなさすぎるというか、ちょっとやる気が感じられない。

とはいえ血の通っていない政府刊行物ってわけでなく、いくつか面白いと感じた点はあった。
以下列記していく。

たとえば大統領選挙出馬前夜。
上巻P121での、テッド・ケネディ(ジョン・F・ケネディの末弟で、当時70過ぎの大ベテラン民主党議員)は自室でオバマをこのような言葉をかける。
「これだけは言えるよ、バラク。人々を鼓舞する才能は、誰もがもっているものじゃない。そして君にとって、今のような瞬間だってそうあるものじゃない。君はまだ準備ができていない、もっと別の機会に出ればいいと思うっているのだろう。だがな、君が機会を選ぶのではない。機会のほうが君を選ぶのだ。君にとって唯一となるかもしれないこの機会を君自身の手でつかむか、そうでなければ機会を逸したという思いを一生抱えて過ごすか、そのどちらかだ」

時流が自分に押し寄せてくる。ここで出ないとしたらたぶん一生出るチャンスはないし、やらないと一生後悔し続ける。そういう直感がある。ただ、出るならプライバシーの一切がなくなる。何より勝敗にかかわらず、妻と娘2人に、上院議員選とは比較にならない負担をかけることになる。
この当時の状況と心情の開示は筆が乗っていて、とても素晴らしいものだった。

また、対ロシア。
先進諸国に対しても当たり障りがないような、無用なヘイトが生じないように徹底して配慮して描かれているのだが、プーチン大統領とロシアについてのみ、かなり強い言葉で疑義と警戒心を表明している。
「ロシアに対しては、これくらい強い言葉で敵対宣言を出そうとアメリカ世論はたぶん批判しない(何なら歓迎される)」と書き手や編集者が考えてゴーサインを出していると考えられるわけで、なかなか激しいものがありますね。
本著を踏まえると、米国におけるここ10年の対露感情は、日本における対北朝鮮くらいの感覚にわりと近いように感じられた。
ステラリス(政治系デジタルゲーム)で米露をたとえると、「関係値-300でバリバリ関係悪化活動を打ち合って、宿敵宣言を飛ばし合っている。国境が隣接していないから直接の侵略戦争は起きなさそう。が、中立国について従属国戦争とか、解放戦争とかは起こしかねないかも」くらいのきな臭さを感じる。
なおついでに記すと、ステラリス現実modにおいてアメリカ側はEU圏、日韓らと巨大な経済連邦を作ってレースのトップを走っている。ロシアは中立の小国(1995=チェチェン、2008=ジョージア)に対して請求権を出しては短期間での侵略戦争・従属国化戦争を起こし、領土と影響力を取ろうとしている。
直近では(2022年)、米連邦がウクライナに対して準加盟国入りを打診した結果、対露包囲網を恐れたロシアがウクライナに対して宣戦布告し、現況となっている。ステラリスのゲーム内だと、休戦に10年の期間を要するが、現実でもロシアは13-15年くらいの休戦期間を経て宣戦布告を繰り返していて、10年というのは古今問わずある程度現実的な数値なのだろう。

最後に日本という国、米国内のアジア人について。
これはロシアとは反対で記述そのものが過小で、ここにも驚きが一定あった。
「米国内ではアジア系の市民が透明化されている」という言説があり、半信半疑くらいで捉えていたが、少なくとも本著において、つまり「前大統領が有権者に対して説明責任を果たす本」って枠組みにおいては相当軽視されている、と言って良いかもしれない。
なお私は「オバマ氏はアジア人差別をしている、あるいは外交相手として日本を軽視している」と主張する意図はなく、本記事の主旨もそういったものではない。

かなり乱暴な物言いとして、「ケネディが1961年にアイルランド系移民の家系として初めて大統領に当選するまで、アメリカにおいてアイルランド系はいわば二級市民として、有色人種と大差ない扱いを受けていた」というものがある。ウラを返すと、特定集団(人種や性別、属性)が自身らを「存在する者」として扱ってもらうためには、自身らを代表し利益供与をもたらしてくれる人材を政界に多く送り込む必要がある。大統領職を勝ち取ることはそういった過程の最終段階にあり、それを達成すると、米国内で大きな存在感を持って扱われる、と。
オバマ氏は本著において繰り返し、自分が当選することで、アフリカ系アメリカ人のプレザンス(存在感、重み)を高める、と記述している。
当選前後で実際にどのように変化したかは寡聞にしてよく理解しておらず、これ以上雑な記述は避けるべきだが…
・オバマ政権下で民主―共和党の協調が成立しなかった(上巻P415の、民主党と協調しようとした共和党議員チャーリー・クリスト氏の失脚エピソードなど)
・オバマ氏がアフリカ系アメリカ人であり、共和―民主間の関係性が悪化したことから、共和党支持者の有色人種嫌悪が加速した(?)
・白人労働者階級が有色人種の台頭に対して危機感を持った(最終的にこの危機感が2016年のヒラリー氏vsトランプ氏の最終決戦でのトランプ氏の勝利につながった)
とこういった流れで人種、階級間の分断は加速したと理解している。多面的な話題のため、これ以上掘り下げないものとする。
最後に、現状女性大統領、およびアジア系大統領は誕生していない。ケネディのたとえを援用して強い言葉を使うなら、アジア系人種はアメリカ国内において二級市民、いないもの、重視しなくて良いものとして扱われていると言っても良いかもしれない。
アジア人としての、半分興味本位な率直な感情として、「アジア系大統領が誕生し、またそれを承けて変化する未来」というのはかなり見てみたいものがある。


追記:
別件で、オバマ氏のパートナーのミシェル・オバマの自伝(マイ・ストーリー)も昨年図書館で借りて読んだが、そちらの方が自分の好みに合い、熱を持って読むことができた。相当頭が良く、かつ努力もされてこられたのだろう、何より文がめちゃくちゃ上手い。さらに描こうとするテーマも私の関心に合っていた。
労働者階級出身のミシェルさんが生まれ育った家庭のリアルで暖かい描写。生まれ落ちた階級と自身の高い能力との差で生じる苦闘。上昇しようともがく青年期的な衝動と、自分を育んだ家族やコミュニティへの帰属意識と愛着。オバマ氏のそれよりもファミリー・マター的というか、卑近で親しみやすい良著だ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?