地球はだんだん早くなる【ショートショート】【#126】

「……おい、どうするよ」

 社長は灰皿にたばこを押しつけながら、副社長に問いかけた。

「どうするって、だってもう何しても無駄だろ。うちみたいな小さな建設会社に何ができるって言うんだ。1年後には全部おじゃんになるんだから。誰も新しく家なんて作らないし、シェルターとか作ったところで地表が全部吹っ飛んじまえば何の意味もないしな」

 役職は社長と副社長だが、もともと友人同士で始めた会社だ。役職もジャンケンで決めただけあって、今でもその関係性は対等のままだ。

「そうはいっても、明日地球が終わりますってわけじゃねぇし……まだ1年はあるっていうぜ」
「そうなんだよな……家族もいるし、メシ食っていかなきゃいけねぇからな」
「補助金とか……なんかそういうのはないのか?」
「この期におよんで政治家が頼りになるわけないだろ。どうせ自分の保身ばかし考えて、大慌てでロケットでも作ってるさ」
「まぁ俺たちだって明日がどうなるかもわからないからな……。自暴自棄になった人が襲いかかってくるともわからねぇ。――わからねぇけど、このまま家にずっとこもって、時が過ぎるのを待つってのもなぁ……」

 ことの発端は地球に急接近したすい星だった。すい星はかなりの質量があり、地球に衝突すれば一貫の終わりだと予測された。少し前まではその進路に関する不安や議論が噴出していたが、幸いにもすい星は地球をかすめ、遥かな銀河へ旅立っていった。
 これで地球は安全だと全人類が一息ついたとき、そのニュースは飛び込んできたのだ。いわく「すい星がすぐ近くを通過した影響で、地球の自転が徐々に早くなっている」というものだった。そして「自転が早くなる影響は様々だが、約1年後には地球の重力を遠心力が上回り、地表は吹き飛び、人類は地球上では生息できなくなる」という驚くべき内容が発表されたところだ。

「ふき飛んじまうんだろ? 地表全部が。それに人類全員がロケットとかで脱出とかなんて絶対無理だよな。どうせ映画みたいにエリートの家族だけが極秘に選ばれて脱出したりするんだろうな……世知辛い世の中だよホント」「…………」

 社長は副社長のボヤキを聞きながす。そしてタバコを手に持ったまま何も言わずに考え込んだ。人類が終わるとしても最後に建築屋として何かできないものか……。もちろんロケットを作ったりはできないにしても、残りの人生を有意義に過ごす手伝いとか……何かできることはないものか。地表が吹きとぶのは遠心力が重力に打ち勝つからで、その時には重力は……

「――そうだっ!」

 社長は思わず机に両手をついて立ち上がる。もちろん手には火のついたタバコを持ったままなので、危うくやけどをするところだった。散らかった灰をよけながら副社長は聞く。

「何か思いついたのか?」
「おお聞いてくれ! シェルターだよシェルター! シェルターを作ろう!」
「……シェルター? ちゃんと聞いてたのかよ? 地表自体なくなっちまうんだぞ。シェルターがあったところで何の意味もないだろ」

 社長はその質問は想定内だ、とばかりに薄く笑って答えた。

「隕石が地球に当たって、一瞬で地表が吹き飛んじまうとかなら確かに何の意味もない。でもな、今回は違う。自転が徐々に早くなるんだ。重力を遠心力が徐々に上回っていく過程があって、最終的に地表が吹き飛ぶって寸法だ」
「おお…………つまり?」
「飲み込みの悪いやつだな。つまりな、最終的には地表は無重力状態になるんだよ。だから何も大きなロケットで宇宙にドンと打ち上げなくても、その中だけですべて完結する頑丈な箱型の『シェルター』があれば、それで1年先も生きていけるってことさ」
「おお! 箱モノを作るってんならうちの出番だな! 中はあくまでも住居なわけだし、いいじゃないか! やろうぜ! ――いや、待てよ? 『宇宙仕様』なんてのは正直全然わかんねぇぞ……?」
「まあそういう難しいことは、どっかと話付けて提携してもらってなんとかしよう。どのみち自分たちが生き残るためにもそういうシェルターは必要になる。細かい技術は後からつければいい。まずは旗揚げだ! 早速会社のサイトに広告を打て! 『シェルターあります!』ってな。あとは大きなのぼりを作って会社の外に立ててまわれ! チラシもだ! 1万枚は刷ってもらえ!」

 

 次の日、会社の周りには『シェルターあります!』ののぼりが、これでもかというくらい立てられ、まるでこれから戦でもやるかのようだった。

 ――その上、『シェルター』を謳うのぼりを掲げていたのはこの会社だけではなかった。誰もが同じことを考えたのだろう。これを商機だと考え「シェルター承ります」とか「シェルター関連商品あります」なんていう旗や広告がこれでもかとばかりに街にはあふれていた。出来てもいないシェルター頼みの商売合戦が、その日一斉に始まったのだ。

 これが宇宙世紀1年に起こった戦で、……後の世に言う天下分け目の大戦、『シェルターの合戦』の始まりである。



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