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根が生えた男【ショートショート】【#78】

 テレワークをするようになってから、私はこの場所をほとんど動かなくなった。こたつの上にはパソコンが置いてあり、仕事はそれひとつで完結する。向かいにはテレビ。冷蔵庫は手の届くところにあり、寝るときもそのまま寝てしまう。これほど居心地の良い場所があるだろうか。

 唯一、トイレに行くときだけはこたつから出るけれど、毎回、億劫でしょうがない。今では極力水分を取らず、なるべくトイレにはいかないですむようにしている。こんな状況になって初めてわかったことだが、私は極度のものぐさらしい。

 ある日、こたつで目を覚ましたらなにやら動きづらい。何かが引っ掛かっているのか寝返りができない。布団の中に手をいれて触ってみると、なにやら硬いものがお尻から生えている。それも、そのまま床に向けて突き刺さっているようだ。慌てて布団をめくった場所にあったのは『根っこ』だ。どうやら、私があまりにも動かなさ過ぎたせいで、お尻から『根っこ』が生えてしまったらしい。

 動くに動けないため確認できないけれど、根っこはどうやら床を突き抜け、地面にまで到達しているようだ。1階に住んでいて本当に良かった。2階だったら下の住人に多大な迷惑をかけていただろう。私に根っこの1本や2本生えたところで、どこかに行くあてがあるわけでもない。そう困ることもあるまい。
 そんな軽い気持ちで、私は根っこの生えた生活を受け入れた。

 そんな根っこ生活は思ったより何倍も快適だった。なんといっても何も食べなくてもお腹がすかないのだ。それに喉が乾くこともない。どうやら根っこから養分を吸収しているようで、私が消費する分はまかなえてしまっているらしい。加えてトイレに行く必要もなかった。これもおそらく根っこの方で処理しているのだろうけれど、詳しくはわからない。とにかくあまりにも便利だ。食事も排せつも、私にとっては苦痛以外の何物でもなかったのだから。
 パソコンができれば仕事には何の問題もなく、この状況はむしろ理想の生活といっていいだろう。なんならもっと早く根っこを生やせばよかった。私はこんな素晴らしい姿にしてくれた神様に感謝していた。

 私に根っこが生えてからしばらくして、会社の会議があった。もちろんテレビ会議のため、この場所から動く必要は一切ない。会議時間になったらアプリを起動するだけ。あとはおとなしく座っていて、たまに意見を求められたときに、それっぽいことを答えれば完了だ。
 私は遅れないように少し早めにログインをする。画面には他の社員たちの顔がうつっている。しかし画面の向こうは何やらザワザワしているようだ。もちろん、彼らも各々の部屋から参加しているのだから、ザワザワ……というのは少しおかしい表現かもしれない。なんにしても、なにやらこちらを見つめて、落ち着かなさそうにしていることは間違いなかった。そしてしばらくしたのちに、ひとりの上司が私に向かって尋ねてきた。

「ええっと、一つ聞いてもいいかな?」

「なんでしょうか?」

「それは……コスプレかなにかかな?」

 根っこはこたつの中なので画面には見えていないはずだ。私は不思議に思って答える。

「いえ、そういうことはしていませんが……?」

「ではそれはなんなのかね? その……君の頭から生えている木の枝と、おいしげる葉っぱは……」

 どうやら私は根が生えただけではなく、いつのまにか体も『木』になり始めているようだ。



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