見出し画像

空を目指す大木【ショートショート】【#5】

「今度会おうよ!」

ケイコからラインが来たのは秋も深まってきたころ。一年ぶりにセーターを引っ張り出してきたそんな日だった。直接連絡が来たのはもうかれこれ数年ぶりのはずだ。

同じ仲良しグループで高校の同級生。部活も同じで吹奏楽部。他の子とも仲が良かったけれど、一番仲が良かったのがケイコだ。気になる人がいるとか物理の先生がむかつくとか、そんなくだらない事を肴にして何時間でもしゃべっていることが出来た。当時はそんな関係性がずっと続くものだと思っていた。

けれど高校を卒業したのをきっかけに、グループのつながりはどんどん薄くなっていく。

私自身、就職ために地元を離れてしまったし、進学した子もいれば地元で就職した子もいる。最初の何年かはそれでもまだ良かった。無理にでも予定をあわせて、集まって朝まで飲んだり、揃ってディズニーランドに旅行にいったりもした。

そんな関係が数年もたつと、仕事が変わって忙しくなったり、結婚して子供ができたり、各々の事情が積み重なって予定をあわせることがいよいよ難しくなる。いつしかみんなで会うことはなくなっていき、個別に連絡を取るようなこともなくなってしまった。それはケイコに対しても同じだった。

そんなわけでケイコに最後にあったのはグループの子の結婚式の時。それが確か4、5年前だからそこから会っていないことになる。高校のころからしたらもう10年以上の年月が過ぎている。

ケイコはみんなの憧れだった。

スラっと細くて頭がちっちゃくて、これで顔もいいのだから誰も歯が立たない。高校の時はもちろんモテたし、隣のクラスのイケメンと付き合っていたけれど、「あんな奴じゃなくてもっといい男いたのに」なんて、やっかみでなはなくそんなことを言われる高嶺の花だった。「生まれ変わったらケイコになりたい」なんていう話は、ことあるごとにネタにされていた。

もちろん憧れていたのは私だってそうだ。

ケイコが持ってくる小物はどれも可愛いくて、いちいちどこで買ったのか教えてもらって同じものを買い揃えた。化粧品や洋服だって同じものを揃えて、「どうしたらケイコに近づけるのか」ばかり考えていたように思う。

そして頭の先からしっぽまで同じようなもので揃えて思い知らされるのだ。外見ばかり同じものを揃えてもやっぱりケイコにはなれないのだと。
「元が違うから当たり前だ」とケイコには良く言われたものだけれど、そんなロジックで諦められるならもっと早く諦めている。どれだけ気合を入れてメイクをして洋服を着替えて鏡の前でポーズしてみても、そこに映るのはちっともケイコじゃない私。そのたびに落ち込んだものだ。

そんな実らない憧れはいつしか形を変えて、怨念のようになっていたのだと思う。連絡を取らなくなったのはそんな存在が近くにいることを辛く感じる自分がいたせいかもしれない。

「久しぶり!元気してた?」

ケイコはまったく変わっていなかった。あのころの輝きはそのままに、年相応に大人びていっそうキレイに洗練されている。ただ、ひとつだけ大きく変わっていたことがあった。

彼女は赤ちゃんを抱えいていた。どうりで久々に会うのにお昼指定なわけだ。

聞きたいことは山ほどあったけれど、聞かなくてもケイコはセキを切ったように話し出した。よほどたまっていたのだろう。大学を出て会社で働きだし、今から2年ほど前に夫となる人と出会ったこと。ただこの男がひどい男でいわゆる出来ちゃった結婚をしたこと。相手の男は貯金もなく定職にもついていなかったこと。ケイコの貯金はある程度あったけれど、今後のことを考えればここで結婚式のために使うわけにはいかない。
「式なんかいつかやれればいいや」と思い直すも、どこまでいってもヒドイ男はヒドイまま。ろくに働きもしないのに、身重のケイコをうとましく思い暴力まで振るい始める始末。

結局、乳飲み子を抱えたまま離婚することになり、晴れてシングルマザー。怒涛のような日々が過ぎ去ったあと、新しい門出に際して、真っ先に脳裏に浮かんだのが私だったらしい。真っ先に連絡して今に至るってわけ。

ケイコはかっこよかった。

それまでの紆余曲折なんてどこ吹く風。あっけらかんと話す姿は、不幸それさえも巻き込んで力強く空を目指す大木のよう。「生まれ変わるなら」なんて荒唐無稽なことをいって、外見だけ真似ようなんて思ってた私が馬鹿みたい。

あれだけ一緒にすごしていた高校のときからそうだったのだ。外見なんかじゃない、この芯の強さこそが彼女の最大の魅力だったのだ。そんなことに10年以上たって初めて気がついた。

いまからでも遅くないかな。私も彼女みたいに強い人になれるかな。彼女の新しい門出を後押しする立場なのに、逆に大切な何かを貰ったような気がした。


#小説 #生まれ変わるなら #同級生 #友達 #ショートショート


「欲しいものリスト」に眠っている本を買いたいです!(*´ω`*)