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ノストラダムスは帰ってこない【ショートショート】【#72】

「SF小説の技術って、全然実現しないよね」

 私は読んでいた小説を机におき、隣で遅い夕食を食べている夫に話しかけた。

「確かに……そうだね。最近のヤツはともかく、ひと昔前のSF小説なんてあと100年あっても実現しないテクノロジーばっかりだね。自動運転はともかく、車は空を飛ばないし、ボタンひとつで急にご飯が出てきたりしない。タイムマシンもできそうになければ、ノストラダムスも来ていない。いちSFファンとしては、現実を見るたびに悲しくなってくるよ」

「まあ、ノストラダムスは預言者だけどね」

夫の仕事はSF作家だ。今年は大きな賞にノミネートされており、数あるSF作家の中では、知名度のある方といっていいだろう。職業柄か、SFとテクノロジーに関しては、人並み以上の思いがあるようだ。

「最近はAI、AIって言ってるけど、昔は自分の体があって自分で考える『アンドロイド』がスタンダートだったわけだし、まともに受け答えができるどころか、義体とかロボットとかの『体だけ』の存在すら夢のまた夢、――はっきり言ってだいぶダウングレードしてるね」

「最近のSFだと、なんていうか夢のあるやつって少ないもんね」

「ほんとにねー。だんだん未来感がなくなって、現実に近づいてるような気がするよ。……ただ、そうすると、そのうちSFが描くのは未来じゃなくて過去になってくのかも……?」

「またわけわかんないこと言って……」

「それとも勝手な予想をしたことを神様が見ていて、あえてそういう未来にはしないぞっていうひねくれ根性の持ち主なのかも……。いや、むしろ『予測したことは当たらない』という能力が元来人間に備わっているのかも?」

「はいはい、妄想はその辺にしといて。それ以上続けるなら、ブログに『あなたが賞を取ることができました! 応援ありがとうございます』って予想記事書くよ? ほんとに人間にそんな能力あるんなら、実現しなくなっちゃうからね。いいの?」

「いやごめんごめん。妄想が行きすぎました。どうかそれはご勘弁を……」

「わかればよろしい。妄想はお仕事だけにしておいてください。あ、でも逆に、ちゃんとあなたが賞を取れるように『残念ながら賞は取れませんでした』って予想書くってのはどう? 願掛けよ、願掛け」

「いや、あの……身内に書かれるとマジっぽいので、それもどうかご勘弁してやってください」

腰の低い夫で何より。賞の発表まではまだひと月近くある。今年こそは取れるといいな。もし取れたらどこでお祝いしようかしら。そんな妄想を少しだけしてから、私はまた小説を手に取った。



#小説 #ショートショート #掌編小説 #SF

「欲しいものリスト」に眠っている本を買いたいです!(*´ω`*)