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殺人ウォシュレット【ショートショート】【#156】

「意外とこれがね、限定が難しいんですよ」
「いやそんなこと言っている場合じゃないでしょう。もう何人もの死傷者が出ているんですよ」
 会議室は紛糾していた。議題は最近、新聞をにぎわせている凶悪犯だ。新聞や週刊誌がヤツにつけた名前は『殺人ウォシュレット』。その名前のとおり、犯人はウォシュレットを使った連続死傷事件を起こしているのだ。
 手口は単純なものだ。水というのは圧力さえ変えればどんなものでも切断することができる。そんな水ならではの性質を生かし、ウォシュレットに水圧を限りなく高くする発射口を取りつけるのだ。凶器となった水は、座った人の尻の穴からへそにかけて一直線に突き抜ける。運が良くても体に穴があくし、運が悪いときは、足や胴体の切断……そしてもちろん命を落とすという憂き目にあうことになる。多くの場合、犯行現場は個室で鍵がかかっており、救助までの時間が余計にかかることも事態の深刻さに拍車をかけていた。
「世の中にはいろんな人間がいてな、どいつもこいつもがウォシュレットを使うわけじゃない。そもそも便所に入っただけではウンコをするかどうかもわからない。そのあたりが犯人の狙いをしぼりづらくさせているんだ。くそっ……」
 刑事は悔しそうにこぶしで壁をたたいた。
「まあ落ち着け。……ちょっと休憩にしよう。お前は顔でも洗ってこい」
 上司が背中をおしてその刑事の退室をうながした。みんなわかっているのだ。捜査は難航している。しかし少しづつでも進めていかなければ、次なる犠牲者がいつ出るともしれないのだ。
 部屋にまんえんしていた緊張は途切れてしまったようで、各人思い思いに短い休息をとっていた。一昔前に比べるとタバコを吸いに行くヤツの数は大きく減った。その代わりに最近ではドリンクを飲んだり、会議室にお菓子を持ちこむヤツもいる。警察という仕事はストレスとの闘いのようなものだから仕方がないのだろう。

 そこから十数分が経過した。休憩はとっくに終わっている。しかし先ほど上司が送り出した男がかえってこない。途中で腹でも壊して、もよおしているのではないか……などと、最初こそ冗談を交わしていいたものの、そこから数分たっても帰ってこない。まさかと思いながらも、今現在捜査している事件が事件だけに頭をよぎらないわけにはいかない。
 耐えきれなくなったのか若手の一人が声を上げた。
「ちょっと俺、見てきますわ」
 そういって出て行ってものの数十秒後。大きな悲鳴が聞こえた。もちろんさっきの若手が向かったトイレからだ。慌てて会議室の面々はトイレに向かう。トイレの個室の入り口から3つ目。そこに下半身を丸出しにしたまま刑事は倒れていた。
「くそうっ!! 『殺人ウォシュレット』め!!」
 誰ともなくそうののしる声があがった。若手の刑事が、男をゆすり、腕に抱きかかえるが微動だにしない。もうダメなのか、とその場の誰もが思った。まさか身内から犠牲者が出てしまうなんて……そんな苦々しい感情が口いっぱいに広がっていた。
 しかし予想は裏切られる。苦し気にうめき声をあげながら刑事はうっすらと目を開いたのだ。
「うっ……あ、すんません……その……」
「おい! 無理すんな! カタキは俺たちが必ずうつからな! お前はなにも言わなくていい。とにかく安静にして病院に行くんだ」
「いえ……その、ウォシュレットが……」
「そうだろう、ウォシュレットにやられたんだろう。わかってるぞ。いつのまにか警察署の中にも入り込んでいるなんて……俺たちをあざ笑ってるのかよ! なめやがって! ちくしょう!」
「いや、ち……ちがうんです……。たしかにウォシュレットに、やられたんです。――けど」
「……けど?」
 集まった人垣全員が男の口元に注目した。
「その、――俺は、じつは『痔』で。それで、今日のウォシュレットの設定が『強』になっていやがって……。当たった瞬間に、その、あまりに痛みに意識が……めんぼく、ない」
 刑事の男はガクリと首を落とし、再び意識を失った。



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