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締め出された評論家【ショートショート】【#160】

 あいつはあの当時、大御所とよばれれる演劇評論家だった。
 とくに新作の演劇を見てまわって、その評論をするのを生業にしていた。そして酷評ばかりしやがるから界隈からはそりゃあ嫌われてたんだよ。つまらないと思った日には、劇の途中でもなんでも「つまらん!」って叫んで帰るんだ。ひでぇもんさ。
 人生をかけて練習を積み重ね、やっと開演できたと思ったら、急にきた評論家に厳しいことを書かれて、それまでの努力がすべて水の泡になるんだからさ。親の仇のように思ってるやつも少なくなかったよ。
 あいつを界隈から締め出そうっていう動きもあったのさ。でも、あいつはすでに結構な地位にいたからな。なかなかきれいに締め出すこともできずに、誰もが苦虫をかみつぶしてたってわけさ。

 あるとき、あいつはまた新作の舞台を見にきていた。
 そしてまたお気に召さなかったらしい。例によって劇もまだ序盤だというのに「つまらん!」と叫びやがった。そのまま素直に帰って、また非難精神あふれる批評が出れば、いつも通りだっただろう。……でも、そのときはそうはならなかった。アイツが叫んだその瞬間、――急に幕がスッと降りたんだ。もちろん劇は続いているんだから場内は騒然となった。
 タイミングがタイミングだったからな。男はまるで自分が幕を下ろさせたような気分になったんだろう。ザワザワする場内で、腹をかかえて大笑いしていたよ。そんな姿をまわりにいた観客も沢山見ていた。だから、あの評論家の呪いかなにかなんじゃないか……なんてことがまことしやかにささやかれていたのさ。

 ただ、この段階ではまだただのウワサに過ぎなかったし、ここまでであれば3流ゴシップ誌のネタにすらならない。
 でもな……話はこれで終らねぇんだ。幕が急に下りたのは、ここだけで終わらなかったのさ。評論家が次の週、別の舞台を見に行ったとき。そこでまた「つまらん!」と叫んだとき。またしても勝手に幕が下りたんだ。

 1度なら単なる偶然の笑い話だが、2度起これば人はいろんなことを言い始める。「そういう超能力があるんじゃないか」「呪われてるんじゃないか」「裏から手をまわしたんじゃないか」。とにかく、その評論家の動向に注目が集まる。ウワサにすぎないとはいえ、次に見にこられる舞台は、途中で幕が下がってぐちゃぐちゃになるかもしれないことを覚悟しなければいけないのだから。新聞なんかも「評論家の呪いか?」なんて形で何誌もこの話を取りあげていた。
 しかし、とうの評論家はひょうひょうとしたものだった。高らかに次に見に行く舞台を宣言し、インタビューに答え、ぜひとも注目してほしいとまで言ってのけたのだ。

 観劇を予告されたその日、評論家は宣言通りの舞台に現れた。マスコミが舞台をとりかこんでおり、観客の注目もやはりその評論家。主役はもはや舞台ではなくその評論家だった。そして定刻になり、舞台の幕が上がった。

 もはや舞台が面白くて、評論家がおとなしくすべて見て帰るようなことは誰も期待していなかった。そんな期待に応えるかのように、舞台の出来はさんたんたるものだった。
 無理もないだろう。ただでさえ初演の舞台。大勢の観客やマスコミがつめかけているにもかかわらず、注目されているのは舞台ではなく観客席のひとりの男。そんな異常な状況で力を発揮できる方が異常というものだろう。
 はじまってからわずかに15分ほど。評論家は立ちあがり、そして叫んだ。「つまらん!」。

 そして幕は、――落ちた。


 「三度幕落ちる!」そんな見出しが新聞という新聞に踊る。街の話題はこの評論家一色だった。これまで疑い半分だった人たちも、3度続いたとなればさすがに意識しないわけにはいかない。呪いなのか、超能力なのか、原因はわからないが、あの評論家はつまらない舞台を評論でこき下ろすだけにとどまらず、無理やり幕を下ろすことまで出来る。そんな話はもはや事実として受け入れられていた。

 慌てたのは、これまで苦虫をかみつぶしながらも評論家を受け入れていた演劇界隈だ。その日を境に、その評論家の出入り禁止をうたう劇場がつぎつぎに現れた。なにせ明日は自分のところの舞台かもしれない。演劇をみて批評されるのは仕方がないとしても、幕まで勝手に下ろされてしまったらシャレにならない。もうなんと言われようとかまわない。とにかくうちには来てほしくない。ほぼすべての劇場がそうやって男を締めだした。

 舞台を見れなくなった評論家は、もちろん評論をすることができない。これまでさんざん嫌われてきたツケが回ったと言えば、そういうことかもしれない。評論家はもちろん自分に一切の非がないことを主張したが、各所の劇場はどこも態度を変えることはなかった。

 この日、男の評論家としての人生は終わりをつげたのだ。


 結局、じゃあ超能力だったのか? 呪いだったのか? それとも単なる偶然だったのか。そのへんのことが話題に上がることはあったけれど、当時は誰もわからなかった。というよりも、……誰も口をわらなかったのさ。みんな自分の人生がかかっているからな。
 ――お、さっしがいいね。そう、まあもう時効だと思うからよ、言っちまうんだけどな。あのとき、幕を下ろしたのはな、――俺だ。それも3度ともだ。つまり、まあ仕込みだったってことだよ。3つのつまらない舞台も、マスコミも。すべてがあの評論家を締めだすための大掛かりな”演劇”だったってわけさ。
 つまらない舞台を準備して、評論家を招待する。評論家が「つまらん!」と言い出すのをまって幕を下ろす。それを3回繰りかえすだけで、演劇界に平和がもたらされたんだから、先導した俺は言ってみればダークヒーローってところさ。

 ……ああ違った違った、俺が幕を下ろしたのは全部で4回だったな。最後にはあの評論家の幕も下ろしてやったんだった。



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