全力で推したいポケット【ショートショート】【#174】
「なあ、これ見てくれよ」
若い方の男がそう言って差し出してきたのは布製の白い手ぬぐいのようなものだった。
「なんだこれ、ハンカチか? それとも下着でも盗ってきたのか?」
年上の男はニヤニヤしながら答えた。掴もうとしてその白い布に手を伸ばすが、触るなと言わんばかりに手を打ちはらわれる。
「これはな、昨日手に入れたんだ。聞いて驚け。こいつはかの有名な四次元ポケットだ」
「おいおいうそだろ。あのタヌキの持ってるアレかよ……」
「タヌキじゃなくてネコな。いやそれは別にどうでもいい。アイツがこの時代に来てから未来の道具を使って好き勝手にやってたのはお茶の間の誰もが知ってるだろ。こちとら明日のメシにすら困る立場だってのに許せねぇなってずっと思ってたんだ。そしてつい昨日だ。堪忍袋の緒が切れちまったんだ。アイツがのうのうと昼寝しているところに忍びこんで、目を開ける暇さえを与えることもなく盗ってきてやったのさ」
「マジかよ……やるなお前! おいなんか出せよ! 出してみろよ」
「あわてんなよ、今からやるさ……」
若い方の男は折りたたまれたポケットをそろりと手の上でひらく。そして恐る恐るその中に手を突っこんだ。ポケットの中は少しひんやりしたような気がしたが、単にそう感じただけなのかもしれない。目的のモノを思い浮かべると、どんな仕組みなのか、次の瞬間それが手にあたる感触があった。
「ほらよっ」
そう言って勢いよく手を引きだす。どんな仕組みなのか。そこにはテレビで何度となく見たことがあるピンク色のドアが握られていた。
「おおーすげぇな! 本物じゃねぇか」
「当たり前だろ、本人から盗ってきたんだぜ。これで俺は今日から大富豪だ。住むとこも喰うものも、金にだって一生困ることはねぇ。なんならポケットを使って会社を作ったっていいな」
夢を語る男に対して、ムラっけが出てきたのは年上の男だ。
「おい、俺にもやらせろよ」
「……あ? やらせるわけねーだろ。これは俺が盗ってきたんだ。欲しかったらお前は黄色いヤツから盗ってこいよ」
「いや一回だけだよ、ちょっと手を突っこんでみて、ちょっと未来道具を取り出してみたいって、ほんとそれだけさ。いいだろ。減るもんじゃねぇし」
「いやだって言ってんだろ。なにを取り出されるかわかんねぇんだからな。万が一にもそれ使って一瞬で乗っ取られるかもしんねぇんだ」
「そんなことしねぇって。俺だって生まれてから何年もあの番組見てんだからよ。一回くらい体験してみたいってそれだけだ。なぁ! いいだろ」
「ダメだ。冗談じゃねぇ。お前に話した俺が間違ってた。もう忘れてくれ。……というか記憶を消しちまう道具もあったな」
そう言ってポケットをあさろうとする。
「おい待てよ、そんな殺生なことすんなよ。つうか頼むって、俺にもやらせろよ、かてぇこというんじゃねーよ。なあって!」
言うがいなや、若い男に向かって襲いかかった。もちろんその白いポケットを奪うためだ。二人は床の上で取っ組みあいになり、ポケットは左右から引っ張られゴムのように伸びる。残った手では互いの顔面を殴りつけ、二人とも顔は赤く腫れあがった。
しばしの取っ組みあいの末、いよいよお互いが限界をむかえようとしたとき。ついに年上の男の手がポケットから離れた。しかし唯一中指だけが残り、再びポケットが引っ張られる。伸ばしたゴムを離したときのようにポケットが反対方向にひょーんと空を飛ぶ。空っ風がちょうと横切り伸ばされたポケットはくるりと裏返しになった。
その瞬間、――世界は闇に包まれた。
男たちの行方を知っているものは誰もいない。
地球のゆくへは、もう誰にもわからない。
#ショートショート #ショートショートnote #小説 #四次元ポケット #掌編小説 #実在の人物番組等々は一切関係がありません 。
「欲しいものリスト」に眠っている本を買いたいです!(*´ω`*)