今日はなんの『目』にいたしましょう【ショートショート】【#146】
「さて、どうします。今日は何色にしますか?」
白衣の男は、手元にある見本をこちらにしめしながらいった。見本としてそこに並んでいたのは、対になったいくつもの「目」だ。一般的な黒い目に始まり、茶色い目や青い目。中には黒目すら白色のものなんかもあった。こんな目を持った人に夜道で出会った日には大変怖い思いをすることだろう。
「視力のいいやつなんかも、短期的に使うぶんにはなかなか楽しいもんですよ」
男は次から次へと「目」を提示してくる。選ぶ選択肢が多いのはいいことだが、これだけあると選ぶのもなかなか大変だ。
今の時代、「目」は簡単に取りかえられるようになった。臓器と同じように、心停止や死亡した段階で目を取りだし、クリーンアップすれば目の採取は完了。「目を交換したい」という患者が訪れたら、その場で目を選んでもらってすぐに手術をする。時間にしてものの10分ほどで完了し、ほとんど危険はない。
もちろんすべてが中古と言えば中古だが、基本的には新品とまったく変わらない状態の新たな「目」を使うことができる。
希少性のある「目」の中にはかなり高額のものもあるが、通常のものであれば手術費用こみでも1〜2万円程度でそれほど高くない。下手に眼鏡を買うよりも便利で手軽だし、見た目も大きくかわる。鏡を見るたびに気分転換になると話題になり、「目」の交換は大流行していた。
その日、店を訪れた男はひどく憔悴していた。彼はこの店の常連で、すでに4、5回は目の交換を行ったことがあるはずだ。
「今日はどうしました? 調整ですか? それとも新しい目にいたしますか?」尋ねる白衣の男に対して、男は弱々しく答える。
「それが……その、目の調整といいますか……なんというか『見える』んです」
「……見える? 目がですか? それはもちろん見えるでしょう。見えない目など意味がありませんからね」
「いえ違うんです。この目はとてもよく見えます。色なんかも気にいっています。でも、その……実は見えるのは、目を閉じたときなんです。しかもそのとき見えてくるのは、――私が殺されるところなんです」白衣の男は驚いた。そんな症例は聞いたことがない。
「夜、眠るときに、目を閉じてじっとしていると、まぶたの裏側に映像が浮かんでくるんです。ぼんやりイメージが……というレベルのものではありません。まぶたをスクリーンにした映画を、まさに今、見ている……いえ、見せられているといった感じです。しかもそこで私自身が殺されるんです……」
男はそのときの映像を思い出してしまったようで、再び震えだし、両手で自分自身をつよく抱きしめた。
「最初はベットに横になっていて、――ああいや私のベットではなく、どこか見知らぬベットなんですけれど。しばらくするとギィっと物音がして私は目をさまします。ふとドアのほうを見ると、ゆっくりと見知らぬ男が入ってくるんです。背はひくく、歳の頃は50代くらいでしょうか。暗くて顔は良くわかりませんが、その手には刃渡り20センチくらいのナイフが握られていました。さしこむ月明かりに、ナイフがギラリと光るのが目にはいります。私は恐怖のあまり叫ぶこともできず、なんとか逃げようとしました。でもベットは壁側にあり、唯一ある窓は反対側です。間にあるドアからこちらに迫りくる男をなんとかしないことには逃げることはできません。結局私にできたことは、這うようにベットの隅に小さく縮こまることだけ。そんな私に対して、男はなんの表情を浮かべることなく、ゆっくりと歩みより、――一息にナイフを突き立てるのです。そしてその後、何度も、何度も……。次第に視界が暗くなっていき、そこでいつも映像は終わります」
夢でも見ていたのではないかと思ったが、男の語る状況は鮮明で、夢で見るときのようなあいまいさは一切なかった。
「目を取りかえてすぐのときにはそんなことはなかったんです。でも最近はほぼ毎日のようにそれが見えるんです。もう怖くて怖くて……。今ではもうまったく眠ることができません」
「そうなのですか……。大変な失礼をおかけしております。申し訳ありません。すぐ、お調べしますのでここに横になってください」
男を診療台に寝かせ、目の調整のための器具を顔の上にセットする。赤外線が左から右にゆっくりと移動し、目の情報をスキャンする。ほどなくして、男がつけている目の情報がモニターに表示される。結果は、――なにも問題はない。すべて正常だ。原因不明としか言いようがない。
「申し訳ありません。今すぐには原因はわからないのですが、これまでにこのような症例が報告されたことはなく、かなりイレギュラーなケースだったのではないかと思われます。ご不便をかけ、まことに申し訳ありません。すぐに『目』をお取替えいたします。もちろんお代はいただきません。お持ちであれば、もともとのご自身の『目』に戻すことにも対応させていただきます」
男は持っていた自分の目に戻すといい、その日のうちに自分の目をもって再び来店してきた。すぐ手術をおこない、手厚く謝罪し、ノベルティなども渡して帰ってもらった。原因はいまひとつわからないが、大きな問題にならなくてよかった。
可能性があるとすれば、元の持ち主が見ていたものだろうか。もともとの目の持ち主の情報は基本的に明かされないが、男が言っていた情報をもとに新聞記事でもあされば、それらしい殺人事件が見つかるかもしれない。
持ち主が見た映像が目に残ってしまうなどという症例は聞いたことはないが、現実に起こっているのであれば、それを受け入れない理由はない。
それに正直、原因などどうでもいいことだ。なぜならこの目には大いなる可能性がある。手元に残されたその目をながめながら、助手の男にむけて言った。
「今日はこれで休診にしてくれ。私の目を取り換えてほしいんだ。今、私がつけている『目』と、ここにあるこの『目』を交換してくれたまえ」
その後、しばらくして町にはある噂が流れた。それは自分が殺される様を体験できる「目」が存在するというものだ。そのうえ、それはごく限られた場所で、非常なる高額でレンタルされているらしいというものだった。
自分が殺されるという体験など、通常することができるはずがない。そして世の中に飽きた富豪たちの中には、そんなまだ見ぬ刺激をノドから手が出るほど欲しがっている奇人がわんさかいるということらしい。
今日も今日とて、その「目」をめぐって、想像もつかないような金額が動いているというのがもっぱらの噂である。