名誉会員【ショートショート】【#2】
部屋から出なくなってもう何十年になるだろうか。
両親がそろって亡くなったとき、ショックを受けなかったといえば嘘になる。だがおかげで莫大な保険金と、この部屋が自分のものになった。食べるものはネットで頼めば部屋まで届けてくれるし、ネット環境さえあれば飽きることもない。特別他に贅沢したいという欲求もなく、生きるのになんの不自由もない。
誰にも文句を言われることなく、このままいつ死んでも何の文句もない。そう思うようになって、いつしか部屋から一歩も出ることはなくなった。
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引きこもるようになってほどなく、流行っていた短文投稿SNSに朝から晩まで入り浸るようになった。
公式から認定されているような有名人から、名もないコスプレイヤーまで、とにかく目にとまった人に絡んでまわる。ひと昔前なら、匿名掲示板を荒らすことに精を出していたことだろう。今の僕にとって、このSNSこそが現実であり、全てだ。
特別仲の良い人はいなくともここには常に誰かがいる。最近は、AIで管理された完全に自動でつぶやくものあったり、幾千のつぶやきは片時も途切れることはない。そしてそこに人がいれば、あげ足をとることも中傷することもできる。
相手を怒らせたら1ポイント。回りに人も巻き込んで炎上状態になれば5ポイント。誰にジャッジされるわけでもなく、そんなゲームを寝ている時以外ずっとしている。
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楽しいかって?
そんなこと聞かれるまでもない。誇張抜きにとても楽しい。罠を張って、エサをまいて、獲物が食いついてきた時の興奮は他の何事にも変えがたい。頭がビクビクと脈打ち、アドレナリンが脳内を駆け巡るのを感じる。そんな体験が他のどこで出来るというのか。
次々と新しいSNSが出ては消えということを繰り返している世の中だ。でも僕が知る限りこの空間の人が減っている様子はない。誰かがいなくなったら、誰かがまた入ってくる。そうやって絶えることなくこの実態のない活況は続いている。そしてどれだけ中傷を繰り返しても、気づけばまた新しい顔が出てきて、中傷相手がまったく減らないという状況にはありがたみを感じざるえない。
その日もいつもと同じように不幸な獲物を探そうとパソコンに向き合ったそのとき。
インターホンの音がした。
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「おめでとうございます。あなたがこのSNSに残った最後の人間です」
何を言っているのかまったく理解できなかったが、そのスーツの男たちは続けた。
このSNSはもうずいぶん前から新しい人は登録できないようになっていること。新しく入ってきたように見える人は、AIによって管理されていること。また、僕が日々中傷し怒らせていると思っていた「人」も、残らずAIであること。
最初は人が少なくなってきたことをごまかし、賑わいを保つためにAIを使っていた。だが、いつしか本当の人間は減っていき、ついに終焉が見え始めたとき、賭けが始まったのだそうだ。どこにでも酔狂な金持ちはいる。
「そこから5年かかりました。そして本日ついに、あなたが最後に残った人間となったのです。あなたは名誉会員として歴史に名を刻まれることになります。あ、大丈夫ですよ。あなたはいつまでもここにいてくださってかまいません。あなたがもし辞めたいといっても何の問題もありません。何故ならすでにあなたに成り代わるAIはすでに準備されているからです。このSNSは時代を表す重要文化財として、その当時の空気をそのまま残したまま保護されることになるのです・・・
「欲しいものリスト」に眠っている本を買いたいです!(*´ω`*)