文章は生涯スポーツ

「スポーツ」というと怒られるかもしれない。

でも無理なく、年齢を重ねても取り組むことができるのはゴルフなどの生涯スポーツと似ていると思う。視力や集中力の低下によって、加齢にともなってパフォーマンスは衰えるだろうこともスポーツ的だ。

現在においては、パソコンと時間さえあればどこでも文章を書いて、すぐに公開することができる。いや、パソコンさえもいらない。携帯電話一つあれば十分ことたりる。

その上、明確な勝ち負けも、上手下手の数値的基準もなく、自分が正しいと思えば正しいというアートの世界にも近い。
絵に比べると、よりスポーツ感が強いと感じるのは、ひとつの作品にするには、ある程度の分量が必要だと考えるからだろうか。それとも絵というジャンルよりは上手い下手の基準がわかりやすいからだろうか。そんなこと言ったら、絵をちゃんとやっている人に怒られるかもしれないけれど。

毎日のようにこうして画面に向かっていても、これは間違いなく「正解」であるという文章が書けたためしがない。毎日、どこか違うなぁと思っている。なんだかそう思い始めると、ちょっと『人生』そのもであるという気もしてきた。うん。文章は『人生』。

人生においても、選択したときには正しいかどうかなんてわからない。結果的に、ほかの選択肢のほうが良かったということはあるけれど、そのときの行動が自分に誠実であるなら、どんな選択をしていてもそれは間違いじゃない。

ちゃんと日々いい文章を書こうと思って、こうして頭を悩ませ、誠実に文章に向かうこと。それができていれば、きっと年月とともにもう少しいい文章が書けるようになるだろうし、人生としてもそれは正しい。

きっと「正解」なんてものには死んでもたどり着けないのだろう。それこそ人生と同じで。だからこそ、今、キーボードをたたくこの瞬間に、その一文字に誠実に向きあう。

そうやって死ぬまでこのスポーツを楽しんでいきたい。
そんなことを考えている日曜日。



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「欲しいものリスト」に眠っている本を買いたいです!(*´ω`*)