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#アドベントカレンダー2021 『週刊クリスマス』(ショートショート)

ナカタニエイトさんの「クリスマスまで物語を止めないで!物語が必要な人のための Advent Calendar 2021」という企画に参加させていただいております。

こうやって締め切りがあって、つなげなければいけないというプレッシャーがあるのもたまには楽しいものですね! クリスマスにまつわるショートショートを書きましたのでよろしくお願いいたします。

以下、中身です!

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『週刊クリスマス』


「――じゃ。みんな集まって乾杯しようか」

 ここは『週刊クリスマス』の編集部。季節にかかわらず毎週毎週クリスマスの記事だけをあつかった狂気の塊のような雑誌だ。フロアにたむろする編集部員を奥へうながしていたのは編集長で、その目の前の机には無数のシャンパンが並べられていた。
 今日は12月24日。『週刊クリスマス』は今日が年内最後の発売日になる。そしてこれ以降、新しい号が出ることはない。今日出たものを最後に『週刊クリスマス』は廃刊するのだ。

 『週刊クリスマス』は今年で創刊10年になる。編集長の鶴の一声で生みだされたこの雑誌は、まわりの予想にはんし創刊当初から50万部を超える売りあげがあった。そのうえ、あれよあれよという間に100万部の大台を突破。日本を代表する大人気雑誌になった。
 日本のみならず世界各国にはコアなクリスマスフリークがおり、副編集長である私やそのまわりの編集部員たちもその力をあなどっていたとしか言いようがない。同時に、私たちは年に1回しかないクリスマスの情報を週に1回づつ届けることの難しさもあなどっていた。

 12月はいい。11月もまだいい方だ。問題はそれ以外の月だ。年明けからクリスマスのネタなどどこを探しても転がっていない。まずは去年のクリスマスの総復習。去年のクリスマスのどこが素晴らしかったか、どこにこだわったのか、結果はどう受けいれられたのか。そんな特集記事が年の半分をしめる。
 もちろんそれだけでは雑誌にならない。売れ筋のプレゼントランキングや、本命の相手ならこれを選べ! といったハウツーからはじまり、漫画やコラムの連載も目玉のひとつだ。真夏の炎天下で読むクリスマス漫画は味わい深いものがある。
 毎週のように海外に取材にもいった。都会でのトナカイの飼い方や、その鼻をピカピカの赤鼻にする裏技なんて、誰が得をするのかわからない変わり種の記事の反応も悪くなかった。手元にある最新号の表紙では筋骨隆々のサンタクロースの集団が半裸でポーズを決めている。

 立ちあげ当初はノウハウもまったくない状態であり、思いだせば思いだすほど苦労の連続だった。しかしそんな苦労も今日で終わりだと思えば、どれもいい思い出だと言っていいだろう。
 そんな思い出にひたっているうちにグラスが全員にいきわたったようだ。それを見届けてから編集長はゆっくりと話しだした。

「えー『週刊クリスマス』は今日で廃刊になります。みんな10年の間本当によくやってくれました。立ちあげた私ですらここまで人気の雑誌になるとは思っていなかったのが正直なところです。うれしい誤算でした。そして悲しいけれど『週刊クリスマス』はこれで廃刊です。廃刊理由にかんしては先日の会議で申しあげたとおり。私たちは――、誰よりもクリスマスを愛しているから・・・・・・・・・・・・・ です」

 そう、廃刊の理由は「クリスマスを愛しているから」。ひとことで言えはそういうことなのだ。
 『週刊クリスマス』がはじまってからこっち、私たち編集部員は誰ひとり例外なく12月はほとんど家に帰ることができなかった。たまに戻ることができたとしても、日付が変わるころに寝静まった家にひっそりともどり、シャワーをあび、着替えをもってすぐ帰ってくるくらいが関の山。それは家族や子供がいても同じだった。プレゼントを選ぶことができればいい方。一緒にクリスマスを祝おうなど、夢のまた夢だったのだ。

 編集長のお子さんは今年で10歳になる。つまり生まれてからずっと一度も父である編集長とクリスマスを過ごしたことがないのだ。「雑誌が人気なのは心から嬉しい。だがこのまま子供とクリスマスを祝うことができないまま生きていくのであれば、創刊時にかかげげた『すべての家庭のクリスマスのために』という理念にもとる」そういって編集長はくやしそうに涙を流していた。
 その涙にあてられ、私たち編集部員は『週刊クリスマス』の廃刊に同意したのだ。あの時の小刻みに震える編集長の背中はきっと一生忘れないだろう。

「うれしそうな子供たちの顔を見たとき、私たちの選択は間違っていなかった。そう思う日が必ずくる。そう固く信じています」

 先週の校了後に編集長と飲んだとき「今年の誕生日プレゼントは『お父さんだよ』なんて言ったらひかれるかな?」なんて話をしていたことが頭をよぎった。冗談もほどほどにしておかないと本当に嫌われちゃいますよ。そういって編集長と笑いあった。
 10年ごしでやっと家族に向きあうことができるのだ。そのくらいの冗談は許されるかもしれない。編集長の願いがむくいられる瞬間を思うと自然と目頭が熱くなった。
 今日限りで編集長はみんなのためのサンタクロースという役から解放されるのだ。明日からは家族の、お子さんのためだけのサンタクロースになるのだ。

「今年も『週刊クリスマス』が無事すべて刊行できたことを祝いましょう。そして『週刊クリスマス』の廃刊を偲びましょう。みんなこれまで本当によくやってくれました。感謝してもしきれません」

 胸にこみ上げたものに耐え切れなくなったのか、編集長の両目から大粒の涙がこぼれ落ちた。グラスを持っていない方の腕をのばし涙をぬぐう。その場にいる誰もがこんな立派な編集長を持ったこと、『週刊クリスマス』という希代の雑誌にかかわったことを誇りに思っていた。つられて涙を流しているものも何人もいるようだ。

「お目汚し大変失礼いたしました。さて……と。では最後になりましたが、――私からひとつ、大事な発表をさせてください」

 そう言って編集長は持っていたグラスを高くかかげた。フロアの端のほうで雑談していた人たちも、なんとなくみんな編集長のほうを向く。全員の視線が集まったとき。編集長は大きく息を吸いこみ、強く言いはなった。

「来年早々、『日刊クリスマス』を創刊します!」

 フロアの真ん中に「ポカン」という擬音がうかんでいた。誰も、なにも、反応できないまましばしのときが流れた。窓の外から流れるクリスマスソングが1番を終えたころ。やっと頭が追いついてきた私は慌てて編集長に問いかけた。

「ちょ……ちょっと待ってください! 編集長! ……『週刊クリスマス』は廃刊なのではないですか?」
「そういったでしょう。今日の号で『週刊クリスマス』はお終いです」
「いやそうなんですが……。その今、聞きたいのはそのあとの部分で……」
「あぁ『日刊クリスマス』ね。1月の4日から刊行予定だからみんなよろしく。まだ1週間くらいあるからなんとかなるでしょう」
「ちょっと待ってください! だって……編集長いってたじゃないですか! 『週刊クリスマス』やめたら子供の喜ぶ顔が見れる。一緒にクリスマスを祝ってやれるんだって言ってたじゃないですか!」
「確かに言いましたね」
「じゃあなんで……! 子供の笑顔より大切なものなんてないとも言ってましたよね!」
「いやーそれがねぇ……。実はね、こんど急だけど買うことにしたんだよね、――マンションを。そうしたら、どうしても先立つものが必要でしょう? ダメ元で上にかけあってみたら日刊にするなら給料倍にしてくれるって言うわけでね。さすが人気雑誌はちがうよね」

 編集長はフロアを見わたす。その場にいるほとんどの編集部員が、聞いたことをいまだに理解できていないようすだった。しかしここで10年働いたものなら、次に編集長がなにを言いだすかはすぐわかった。いやわかった……というよりも体に染みついていた。

「ですから忘年会はこれでおしまいです。さあ、みなさん。今すぐに今年のクリスマスの取材に行ってください。来年は7倍働かないといけませんからね。体に気をつけて。――ああ、みなさんメリークリスマス!」

 誰一人としてその声を最後まで聞くことなく、編集部員たちは世界各地のクリスマスの現場に向かって旅立った。窓の外には大きなクリスマスツリーがきらびやかに輝いていた。


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マガジンもありますので、他の方の作品もぜひ見ていってください。

明日12月16日の担当は塚田浩司さんです!

私と同じくショートストーリーのようなので、皆さんも追ってみてください! では気が早いですが皆様メリークリスマス!


#アドカレ #ショートショート #クリスマス #週刊クリスマス #アドベントカレンダー2021



「欲しいものリスト」に眠っている本を買いたいです!(*´ω`*)