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『くつ』がなくなった世界【ショートショート】【#36】

その日忽然と『くつ』が、そして『くつ下』がこの世からなくなってしまった。

「なくなった」だけの話ではない。新たに作ることもできなくなったのだ。くつ工場では、送られてくる材料を目の前にして、どうにも手を動かすことができない不可思議な現象が発生し、その日を境に一足も出荷することができなくなった。「くつ」や「くつ下」という名でなくとも『足を覆うモノ』はすべからく同じ状況で、人類は21世紀にして、はだしでの生活を強いられるようになったのだ。

あまりにもとっぴな話で、理由などあろうはずがない。神様の采配か、はたまた宇宙人の侵略としか考えられない。しかし、それ以外の日常は普段どおりに進んでいくこともまた事実なのだ。

問題は、今が真夏であるということだ。

朝も早い時間から、直射日光がさんさんと照らし、土の多いかなりの田舎ならともかく、都市部では暑くてアスファルトの上を歩くことが出来ない。どんな状況でも日常は続くと思っている日本という国では、とにかく仕事が一番。今日も今日とて「会社に行かなければ……」という思考に取り付かれた人は考える。

「一体、どうやったらこのフライパンのように熱された道路を通ることができるのか……」

結局、みな水筒を持って出歩くことになる。
飲むためではない。熱くなったら足に掛けるのだ。会社まで、定期的にずっと足に水を掛け続けるのだ。もちろん途中で水が切れてしまったらアウト。誰かに分けてもらうか、もしくは水を補給できる場所まで、暑いのを我慢するかの二択。くつがないのは誰もが同じ。助けようにも助けようがない。

一日、二日は、水筒持参でなんとかしのいだ。
しかしもちろん、国としても何もしないわけにもいかない。すぐさま対策会議が開かれて喧々諤々の大議論が始まる。大規模工事を行い道という道に散水設備を整えるとか、熱くない素材ですべて覆ってしまうとか。様々な案は出るものの、どれも時間がかかる。その上、暑いだけでなく寒い状況にだって想定すれば、色んな問題が出てくるだろう。簡単にすべてを解決できる方策がすぐに出てくるわけがない。

苦肉の策として取られたのが、国を挙げての「打ち水」だ。

水とひしゃくの一つでもあればすぐできる。すぐに対策が取られ、職にあぶれた人たちを片端から雇って、「打ち水係」を都市部の交差点ごとに配置する。暑くなってきたら、間を空けずに道路という道路に水をかけてまわる。人海戦術で当座を乗り切ろうという策だ。古来の人は水をまけば涼しくなると知っていたのだから、古の知識は馬鹿に出来ない。

そして、水があってひしゃくがあって、あとは必要なのは水を入れるもの。どんなものでも構わないから!と強引な国を挙げての後押しに、桶屋が奮闘。大小問わず桶が売れる売れる。今世紀始まって以来の桶フィーバー。

そう、つまり

『クツなくなって、桶屋が儲かる』

と、今日はそういうお話でした。


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「欲しいものリスト」に眠っている本を買いたいです!(*´ω`*)