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『海が走るエンドロール』からバズるマンガを考える

2021年8月16日に『海が走るエンドロール』というマンガが発売されました。

作者であるたらちねジョン先生はツイッターで第1話を公開しており、当該ツイートは現在のところ9万回以上リツイートされています。完全にバズっていると言っていいでしょう。
単行本のほうも各所書店でかなり力の入った展開がされているようで、即日重版も決まったようです。実店舗では現在一時的に手に入りづらい状況になっているかもしれません。

そしてわたしもアルの方でもレビューを書かせていただきました。いいマンガだな、みんなに伝えたいな、と思ったからレビューを書いたのですが正直ここには大きな誤算がありました。

わたしが記事を書き上げたのは単行本発売日の2021年8月16日の早朝8時くらい。先生がツイートをしたのは昼すぎで、バズるのを確認する前にすでに記事は書きあがっていました。
そして大、変、失礼な話なのですが、実はわたし、このマンガがここまでバズるとは思っていなかったのです。それこそがわたしの直面した大きな誤算だったのです。


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8月に入ってしばらくたったある日。

なにか新しくて生きのいいマンガはないかなぁ……と今月の新刊をあさっていましたところ、わたしはこのマンガの存在に気がつきました。たらちねジョン先生はなんとなく名前を聞いたことがある気がする……というくらいだったのですが、青い海をバックに、カメラをこちらに向けるおばあさんのトビラ絵がとても目をひきます。
どうやらBL界隈ではすでに名の知れた人のようで、先生のフォローワーはその段階でも何万人という数がいました。

1話の試し読みができるようなので、まずは読む。

「65歳、映画はじめます」。いいキャッチコピーだ。これはいいな。そして絵も上手い。社会性もある。波と自身の欲求を重ねる描写などは心を打ちます。これは面白いぞ、と思ってアルでレビューを書くことを決意。2021年8月16日の単行本発売日当日の朝には記事を完成させました。

別にこれは日が変わった瞬間に電子版を読みはじめて、夜なべして記事を仕上げたというわけではありません。まあ朝はそれなりに早く起きたんですけど、記事自体は単行本が発売される前の段階からすでにかなりの部分を書いていたんです。

そのために少なくとも1話に関しては、発売日までに結構何度も読みこんでいました。しかし、――その段階ではここまでバズると予想できなかったわけです……。


単行本を読むとキャッチーな1話からはじまって、自分の撮りたいモノに気がつく5話などもかなり求心力があり、単行本派を買った人が「これはいいぞ!!」というならまだいいんです。でも実際には1話だけ読んで「これはいい!!」って言っている人が沢山いたように思います。

……ということは、わたしの目がくもっていたということなんですよね。
いやくもっていたというか、世間とズレているということです。これはイカン。良くないぞと思いまして、ちゃんと『海が走るエンドロール』がバズった理由を分析しようと思い立ったわけです。

あー長い前振りだった(笑
そんなわけで、誠に勝手ながらバズった理由を考えていこうかと思います。


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【1】絵が上手い

プロのマンガ家さんにたいして「絵が上手い」なんて失礼な話ですが、中にはあまり絵は上手くない方もいらっしゃいますし、絵が上手いことが魅力的な要素であることは間違いありません。

写実的な絵とキャッチーな絵を描きわけられる器用さに加えて、「自身の欲求が波のように押し寄せる描写」のように、現実と非現実がまじりあう絵を説得力を持って描けるのは、技術の高さがあってこそです。

この表紙のイラストに心を射抜かれた人もいるのではないでしょうか。

絵の話でいうと、女性、顔のアップ、写実的……というポイントで思いだすマンガがひとつあります。『マイ・ブロークン・マリコ』です。

いま見直してみたら、それほど顔に寄っているわけではありませんでしたね。しかし写実的な女性のイラスト。それもこちらを見つめてきて視線を外すのを許さないこの顔。

求心力の方向性としては同じようなものを感じます。そしてこの『マイ・ブロークン・マリコ』も同様にツイッターではバズっておりました。現在のところ5万リツイート以上になっていますね。

ちなみに平庫ワカ先生は2020年8月4日に読み切りを出したあと、目立った活動はしていないようです。ちょっと心配です。その読み切り自体はとても面白いのでこちらもよろしければご一読ください。


『マイ・ブロークン・マリコ』もとても心を打つお話。表紙のイラストを見たときに、同じように心を揺り動かしてくれるのではないか、と類似性を感じた方もいるのではないでしょか。

そんなこんなとにかく写実的で技術の高い絵というのはバズにおける一つのポイントになってくるのでしょう。当たり前か。当たり前だな。


【2】社会性の高さ

社会性なんていうと小難しそうですが、その時代時代に訴求する力とでもいいましょうか。「流行り」といってもいいかもしれません。今だったらLGBTQに関するなども社会性が高いといっていいでしょう。

じゃあ今作の社会性は? といいますと、『高年齢者の非高年齢者化』でしょう。

世間は70歳まで働くのが当然になって、60すぎくらいはまだまだ若くせ精力的。子供の手もずいぶん前に離れたし、仕事もしていなかったり、ペースを落としていたり。本作の主人公のように夫に先立たれ、家庭というしがらみからも解放された人もいるでしょう。
そんな高齢の人たちがもっと積極的で自由に輝いてもいい。そんな強い社会的メッセージがこのマンガにはあります。

そしてこれも少し前から騒がれていたテーマでもあります。その筆頭株は『メタモルフォーゼの縁側』でしょう。このマンガを連想された人は沢山いると思います。

75歳の老夫人と女子高生の書店員が、BLマンガをきっかけにして交流していく心温まるストーリです。こちらも75歳にして新しい「好き」を手に入れ積極的に行動していく様子が描かれています。

それに他には『傘寿まり子』なども同様のテーマが含まれます。

主人公まり子は80歳にして、これまで息子夫婦と過ごしていた家から家出をするのです。独立して新しい場所で、新しい人間関係で。そこから新しい一歩を踏み出していく話。

こういった高齢者の積極化をテーマにしたマンガは昨今は沢山出ており、それを支援する人も沢山います。実際に主人公たちと同じような年のかたでもマンガを好きで、これらの作品を読んでいる人もいるのではないでしょうか。

『海が走るエンドロール』も、その流れを引きついだ社会性の高いマンガであり、その社会性が多くの支持を勝ちとった要因のひとつなのではないでしょうか。


【3】クリエイターで美大もの

65歳という年齢に負けずに主人公は夢を追いかけ美大に入ります。そうこれ、「クリエイターもの」で「美大もの」なんですよね。となれば頭をよぎるのはこのマンガ、『ブルーピリオド』です。

まだ1巻なのでわからない部分もありますが、大学生とかかわりながら作品を作っていく……いわゆるスクールライフも描かれそうです。

さすがに恋愛は描かれないかもしれませんが、大学スクールライフに自分探し、と言えば押しも押されぬ大名作『ハチミツとクローバー』なんてマンガもあります。

いつの時代も夢を追う人というのはキラキラしているものです。それは世代を問いませんし、クリエイターものというのは一定の人気があるジャンルでしょう。

実は「映画を作る人」というものを受け入れる間口はそれほど広くないだろう、という思いも当初のわたしにはあったのですが、実際にはそんな懸念はすべて吹き飛ばして今のバズにつがっていますね。「なにをやっているか」に関わらず、そこに至る人物の心の動きが見事に描き出されていたために、間口を超越した感じでしょうか。

似たようなシチュエーションのマンガがあるから、焼き増しだと言っているのではなく、美大でキャンパスライフで夢を追いかける物語を、今の時代の社会に会った形で再構築しているということが評価されるポイントになっているのでしょう。


【4】すでにある程度確立されていた人気

たらちねジョン先生のことはわたしは存じ上げていませんでしたが、バズる前でもフォローワーはすでに数万人はいたはずです(正確な数字がちょっとあいまい

実際、前作『グッドナイト、アイラブユー』は4巻まで出ていますし、先日購入して読んでみましたところこちらも大変面白い!

母親が死んでしまい、その遺言を守って20歳の少年は仲違いをしている兄とふたりでパリに向かう。そこで母の友人たちに出会い、母の生前の記憶を共有する。そして次第に深まっていく家族の絆を描きます。それだけで終わらず遺言は続いており、まだまだ旅は続いていくのです。

そんな「旅」と「家族」の物語のいいところを合わせたような作品です。『海が走るエンドロール』が好きだった人は読んでみる価値十分にあります。オススメです。ちょっとBL要素あります。

つまり前作からもうすでにこれほど面白かったわけです。単にわたしが不勉強なため存じ上げず、世間的にもそこまで知名度はなかったものの、すでにある程度のファンが確保されていたといっていいでしょう。

そのコアで力強いファン層が、バズる原動力のひとつになったのではないでしょうか。


【5】タイミング

発売日当日までは秋田書店HPから連載誌であるミステリーボニータのところにいくと1話が無料で読めたものの、ツイッターには直接、無料の1話などは上がっていませんでした。

先生のツイッターに試し読みで1話が上がったのは、発売日当日の昼頃。

それまでは見に行かないと読めない状態だったわけですが、ツイッターで出てからは、かなりビビットな反応があってすぐリツイートが伸びます。そこで初めて本作に出会った方々が強く反応し、そのまま単行本を買いに行った人も沢山のいたでしょう。そして単行本を読んでその良さを再認する。

本屋も巻き込んで大きな相乗効果を生み、このホットな現状につながっています。連載媒体自体がそこまで知名度の高くなかったことが、この際いいサプライズになったのではないでしょうか。


余談ですが、秋田書店のリンクから読める第1話では主人公の名前の読み方は現在も「茅野 うみ子(かやの うみこ)」になっていますが、単行本では「茅野 うみ子(ちの うみこ)」になっています。


【6】まとめ

絵が上手くて、社会性があって、クリエイターもので、もともと先生に一定の人気があったにもかかわらず、今作にかんしては当日まで大々的にお披露目がされていなかったからバズった。

――考察の結論から言えばそうなるのかもしれませんけど……、そりゃこれだけそろえばバズるでしょうという気もいたしますね(笑 しかもここまでの条件が揃うとなると、かなり再現性には乏しいでしょうねぇ。

要するに実力もあっていいマンガをすでに描いているけど、たまたま見つかっていなかったシチュエーション……ってそんなことそうそうあるかーーい!(笑


まあいいんです。いい作品に日の目が当たって売れるのはいいことなんですから。それに最初っから売れるとか売れないとかそんなことわかっていたら苦労しませんってもんですよ。

記事にする意味があったのかなかったのかわかりませんけれど、今後もまたいい作品に出会えるように精進していこうかと思います。



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「欲しいものリスト」に眠っている本を買いたいです!(*´ω`*)