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この時計は時間をもどせる【ショートショート】【#177】

 この時計は時間を巻きもどすことができる。自由自在ではなく、一度きり。もどせる時間は時計ごとに決まっている。このボタンを押せば、すぐに巻きもどった時点に帰ることができるんだ。

 ――そう語っていたのは、お祭りのときに流行りの通りをさけるようにひっそりとたっていた出店の店主だった。その店にはおおきな金網が置かれており、中にはなにかゴテゴテしたものが入っていた。最初、男は「サメ釣り」の屋台かと思った。サメが抽選券になっており、それを釣り上げて抽選するあれだ。しかしサメのごとくそこに積みあげられていたのは多種多様な時計だった。

 時間が戻るだって? 最初はもちろん店主の話などまったく信じられなかった。しかしそんな男をあざ笑うかのように、店主はそこにあった時計を使い、男の目のまえで時間を巻きもどして見せたのだ。そのうえ釣りあげた時計は無料でくれるという。そこまで言うのならだまされたと思って時計釣りをやってみようじゃないか。そう思うのは自然な流れだろう。

 釣りじたいは特段難しいことはなく、男が釣りあげたのは腕時計だった。ずいぶん前に流行ったごつごつした黒いヤツに似ている。その時計で巻き戻せるのは1日分。1度きりしか使うことができないから大事に使いな。そう言って店主はニヤニヤ笑っていた。

 そんな夏の日から半年ほど。唐突にその日は訪れた。
 学校に向かう道すがら急に空が暗くなる。急に雲がさしたのだろうか。そう思って空を見上げると、そこには巨大な飛行物体があった。それも一隻だけではない。何隻も何隻も。気がついたときにはすでに積み重なるように空を埋めつくしていた。
 そしてなにもわからないうちに攻撃がはじまった。大きな轟音とともに吹きとばされ男は意識を失う。意識がもどったときにはガレキに足を挟まれどこにも動くことができない状態だった。横たわる体のしたには一面、血が広がっていた。もはや痛みは感じられない。しかしおそらくこれは男の血で、この分ではもう長くないんだろうと感じられた。

 男の人生はなにを成しとげることもないまま、急におとずれた宇宙人によって殺されるだけの人生だったのか。理不尽というのはこういうことを言うのだろう。そんなことをぼやけた頭で考えていたとき。例の腕時計のことが頭をよぎった。――そうだ。これを使えば時間をもどすことができるじゃないか。わずかに1日かもしれない。しかし事前に知っているのと知らないのでは雲泥の差がある。いや過去にもどるのだ。なんだってできると言っても過言ではない。残った力をふりしぼり、男は腕時計のボタンを押す。その瞬間。あたりが白い光につつまれた。

 時計の力は本物だった。気がついたら男は学校へむかう道に立っていたのだ。スマホを確認すると日付はきちんと前日をしめしていた。戻ったのだ。1日前に。本来であれば、そのまま学校に向かい平凡な一日を過ごしていたはずの1日に。
 男は自分にまかされた役割の大きさに身震いした。なにせこの1日の身の振りかたにかかっているのは男の未来だけではない。人類全体の未来がかかっているのだから。

 まずは国会議事堂に電話をした。国の危機なのだから政治家に話を聞いてもらうのが一番だろう。そう考えたこと自体は間違っていなかっただろう。しかし結果はつれないものだった。受付から先につないでもらえないのだ。冷静になって考えればしかたがない。なにせその時点ではなんの前触れもないのだから。戦争の気配もほとんどない平和なこの国で、いきなり「宇宙人が明日攻めてきます!」と息巻いたところで、いったい誰が信じてくれるというのだろう。どれだけ熱く語ったところで、「申し訳ありませんが、おつなぎできません」と言われて、最後にはあっけなく切られてしまった。

 しかしこんなことで諦めるわけにはいかない。男は次に自衛隊に電話をする。結果はやはり同じようなものだった。むしろ国会議事堂よりもずっとすげない扱いをされる。おそらくそういった電話に慣れているのではないかと感じた。やはり一定数そういう妄想をいだく人間が、いつの時代でもいるのだろう。だが今回に限っては妄想ではないのだ。

 ほうぼうに手をつくすが、どこに行ってもまともに話すらきいてくれなかった。近くの交番に駆けこんでみたときには、病院を紹介されてしまった。新聞社や出版社に電話してみるもこちらもほとんど同じような反応だった。「こっちは忙しいだよ! 妄想は一人でやってろ!」と怒鳴られたところもあった。
 唯一、親身になって話を聞いてくれたのは超常現象などをあつかった雑誌の編集部だったが、そこに話を聞いてもらったら根も葉もないネタ話のひとつにされてしまうと思って、こちらからお断りした。

 そうこうしているうちに夜も更けてくる。夜になれば公的な場所は連絡すらできないところばかりだ。もうこうなったら自分の足でまわるしかない。まずは家族や親戚に説明し、どこかに避難してもらうように訴える。もちろん信じてはもらえないけれど、とにかく知ってもらうことが先だ。

 その足で町中のインターホンを押してまわった。時間はすでに夜の10時をまわっている。どの家もかなり不審な声でインターホンに出てくる。出たら出たで、まったく知らない男が「明日、宇宙人が攻めてくる」などと言い出すのだ。たまったものではない。
 そう多くの件数を回ることもできないうちに、数人の警察がやってきて捕まってしまった。そのまま留置場に閉じこめられ、男がどれだけ訴えたところで聞いてくれるのは当直の警察官しかいない。もちろんまともに聞いてくれるわけもなかった。

「宇宙人は来るんだ!!」

 そんな男の悲痛な叫びはだれにとどくことなく、無情にも時計は進んでいく。一睡もできないまま夜が明ける。そして、なにごともなかったかのように――人類は滅亡した。聞くところによると世界各地では、直前に宇宙人がくることを予言をしていた人が何人も発生していたらしい。そう主張していた人たちは、みないち様に時間を巻きもどす時計をもらったんだと叫んでいたらしい。しかしそんなことは絶滅してしまった人類にはなんの関係のないことだ。



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