あなたのために買ったコート【ショートショート】【#179】
「ねぇフユさん。最近ちょっと理不尽じゃありませんか?」
言っているそばから北風が通りすぎる。わたしは手袋に包まれた手でコートの襟をただした。急に寒くなったので慌てて買ってきた新しいチェスターコート。カーキ色で主張しすぎないところが気に入っている。
「理不尽といわれましても……。いったい私のどこが理不尽だって言うんですか」
その悪びれない態度にわたしはちょっとイライラしてしまう。はからずも語気が強めになってしまった。
「だって昔はアキさんにもっと遠慮してじゃないですか。アキさん、そろそろ出て言ってもいいですか? 紅葉もみなさん喜んでくれましたよね。もういい頃合いじゃないですか……っておずおずと来てくれたじゃないですか。――それなのになんですか。最近のフユさん。いっつも急なんですもの。せっかく先月買ったばかりの秋モノのニットが今年は一度も着られなかったんですよ」
「おや、それは申し訳なかったですね。いやただそうは言ってもね……、私はいつも同じくらいのペースのつもりなんですよ。そのつもりなんですが、でも、その……レイワちゃんがね、全体的にちょっとせっかちさんなんですよ」
するとフユさんの後ろに人影がさす。うわさをすれば影とはよく言ったものだ。
「ねぇ今、アタシの悪口言ってなかった?」
「――レイワちゃんっ! ……いや違うんですよ。まさか悪口なんて言うわけじゃないじゃないですか。たまたま最近そういうことが多かったってだけのお話なんですよ。そもそもチキュウさんの歴史からすれば、指先の先にもならないレイワちゃんのせいにするなんて持っての他。そんな悪逆非道なやつは私が冬眠させておきますって感じですよ」
レイワちゃんは納得いかないようで、むくれている。
「今度ちゃんとハルくんとかナっちゃんにも言い聞かせておきますから。レイワちゃんはどーんと構えててくれればいいんですからね。ぜんぜん大丈夫ですからね」
どうもフユさんにとってはレイワちゃんは遅くにできた子供か孫のような存在らしい。実際に生まれてからまだ数年しかたっていないのだから、新生児を見守るような気持ちなのかもしれない。
「いやんなっちゃう。アタシがなにしたって言うのよ……」
「まぁまぁレイワちゃん落ちついて。フユさんもきっとみんなに色々言われてるからつらいのよね。わたしもさっきフユさんに当たっちゃったし……その、ごめんなさい」
みんな悪いことをしようとしているわけじゃない。どこか少しずれてしまったのが、たまたま今はアキさんのところにしわ寄せがいっているだけなのだ。一年のうちには必ず四季があるように、すべてはめぐりめぐるだけの話なのだ。わたしはそんなことを考えて自分の行動を恥じた。
そのとき、後ろのドアが勢いよく開いた。
「――ハルさん!」
その場にいたみんなの声がそろう。
「やあやあ君たち元気しているかい? そろそろ僕の出番じゃないかと思ってね。まだ12月だって? 気にしないでいいよ。もうあと数日で1月だよ、新年になるんだよ。みんなが僕のことを待ちわびているんだ。なるべく早く出てきてやらなきゃって気合い入れてきちゃったよ」
ハルさんは基本的に年中元気だし前向きだ。それはみんなが重々承知していたけれど、こんな鉄砲水のような登場のしかたは誰の予想にもなかった。
「レイワちゃんになってもうしばらくになるわけだし、年が変わったら春が来た。たまにはそんな年があったっていいだろう? そんなわけで明日からは僕、ハルの担当ってことでよろしく頼むよはっはっはーー…………」
そう言いながらハルさんはまた勢いよくドアを締め、街のほうに向かって歩きさっていった。非の打ちどころのない春一番だ。その勢いに圧倒されて、だれも声を掛けることもできなかった。
「昨日、このコート買ったばっかりなのにな……」
わたしは誰にともなくそうつぶやいた。吹き込んでいたからっ風からはどこか生暖かさが感じられた。
「欲しいものリスト」に眠っている本を買いたいです!(*´ω`*)