あなたのことはずっと忘れない【ショートショート】【#23】

その日、彼は亡くなった。

動かなくなった彼を見て、私を包んだのは圧倒的な自責の念だった。もう彼は戻ってくることはない。冷たくなった彼の手をいくら握っても涙も出てこなかった。

他の人に比べても仕事の出来た彼は、相対的に仕事を振られる機会が多かった。そんな悪意のない行為が、積もり積もって彼を摩耗させていたのかと思うと、悔やんでも悔やみきれない。

いや、それだけではない。私は、知っていたのだ。晩年の彼が自らの調子の悪さをつまびらかにせずに、騙し騙し仕事をこなしていた事を。そして、それを知りながらも「気付かないフリ」をしていた自分を。
「今、穴を開けられたら困る」という実務的な気持ちがなかったわけではない。でも、心の大半を締めたのは、「そんな弱った彼は見たくない」という、私自身のエゴだったのだ。

若かりし頃の彼は『猛者』という表現がぴったりだった。ものの数秒で周りを鼓舞し、士気と熱量を急激に上げるその様には惚れ惚れした。機会がなかっただけで、私から彼に対する好意は紛れもなく存在した。
だからこそ、余計悪い部分にフタをしてしまったのだろう。勝手に理想像を作り上げ、それを好き勝手に当てはめて悦に入っていたのだ。

晩年の彼が、急にふっ…と力が入らなくなり、そのパワーが全く発揮されなくなる場面を何度か目にしていた。目にしていたにもかからず、「たまにはそういう時もある」とか、「今日は日が悪いのだろう」なんて、勝手な理由をつけて見ないように仕向けてきたのだ。

私の欺瞞と自己満足が積もり積もった結果。今日、彼は亡くなったのだ。

どれだけ後悔しても、今更彼にしてやれることはない。せめてもの供養のつもりで、彼の親族か、子供が。血縁の人に後を継いでもらうことを決めた。彼の仕事は重要な仕事だったが、近しいものならきっと満足に後を継いでくれるだろう。それが彼の供養になるなら、私も嬉しい。

すぐに親族の中で適当なものを見繕って声をかけることができた。ありがたいことに明日には着任してくれるそうだ。きっと彼も喜んでいることだろう。

本当にありがとう。
働き者の電気ケトル。





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