父と娘の新たなる幕あけ【ショートショート】【#69】

「また倒産なんだって。やっぱりアパレルは厳しいんだね」

 私は台所でテレビを見ながら、リビングで新聞を読む父親に話しかけた。ニュースでは、若いころには私も良く買っていた女性向けブランドが全店閉鎖するというニュースが流れている。どうも「倒産」とはすこし違うようだけれど、よくはわからなかった。

「……ああ、最近はやすい服屋が沢山出てきたからな」

 こちらを見向きもせずに父はそう言った。今は趣味がこうじてゴルフ場で働いているけれど、定年までは百貨店で働いていたため、この手の話には詳しい。
 かたや私は、ごく普通のOL。ちまたに沢山ブランドはあるわけで、どれもこれもに思い入れがあるわけではない。しかし今は買っていないとはいえ、昔好きだったブランドが閉鎖となれば、やはり物悲しい。理由は様々だろうけれど、私のように買わなくなってしまった人が増えたからこそ、こんな状況になっているのだろう。自分もその片棒を担いでいるひとりなのだ。私はそんな身勝手な自責の念にさいなまれた。

「昔は、俺も良く買っててな……まあ流行りでもあったしな」

「……え!? お父さんが??」

「おう、そうだ」

「え……ちょっと待って。それは、その――プレゼントとか、そういうやつ?」

「プレゼントで買ったこともあるけど、基本は自分用だよ。実は結構好きだったんだ」

 私は唐突な父の爆弾発言をどう受け止めたらよいのかわからなかった。まさか、父がそういう趣味……その、女装というか、女ものの服を着るのが好きだったなんて。いやもちろん、いろんな趣味・趣向が否定される時代じゃないのは重々わかっている。そう、時代は多様性だ。わかっている、それはわかっているつもりだ。でも、いざ自分の父に、そういう趣味がある、と知らされたとき。それも何の前触れもなく、急にそんな告白をされた日には、頭が混乱して、もはや何が何やらわからなかった。

「お……お母さんは?? 知ってるのそのこと?」

「いや、そりゃまあ秘密で買ったやつとかもあるけど、多分バレてたと思うよ。夫婦ってそんなもんだろ」

「え、いやいいの? それで!? いや……いいのかな。……そっか、うん。夫婦って、そんなもんなのかな……」

 ビックリしたのは確かだったけれど、そのとき父のいった、「夫婦ってそんなもん」という言葉が、不思議と自分の中にストンと落ちた。

 ――きっと母は知っていたのだろう。最初は驚いただろうし、悩んだだろう。でもそのうちに答えにたどり着いたのだ。どんな趣味があっても、別に構わない。夫というのは誰よりも近い存在でもあり、同時にひとりの違う人間だ。いろんな趣味や考え方があって当然。夫婦ってそんなもんなのだ。そう思って、なんの追求をすることもなく、すべてを受け入れやってきたのだ。

「そっかー。じゃあ一緒にお店とか行けばよかったね。これ、似合う~とかさ。おんなじやつ買ったりとかさ。あ、でもまだ年内はあるみたいだから、閉店しちゃうまでに一回くらい行っとく?」

「ん? いや確か民事再生だから、当面、店舗とかも普通にあるはずだぞ」

「あ、そうなの? そんな話だっけな……」

 まあ、この手の話はいろいろ難しくて、理解できていないなんてよくある話。店舗があるなら慌てなくてもいいわけだし、やっと一皮むけた、『本当の父』を知ることができたのだ。今日が私と父の新たなる歴史の幕あけと言ってもいいだろう。さっきまでの悩みは完全に消えさって、逆に楽しくなってきた。

「というか、スーツの店でお前が買うような服なんてないぞ」

「…………ん??」

「なんだ?」

「いま、なんと?」

「お前が買うような服なんてない」

「そこじゃない、その前」

「スーツの店?」

「そう、そこ。いやスーツもあったと思うけど、決して『スーツの店』ではなかったような……、――っ!待った! ちょっと待った!」

「お、おう」

「えーっと。あの! せーので、ブランド名言ってもらってもいいですか? いい? じゃいくよ。せーの!」

「セシル」
「ダーバン」

「なんの話よ!」

「いやアパレル倒産の話だろ? ほらこの前、民事再生したレナウンのやってる『ダーバン』ってブランドが好きでな……」

「危うく父の性癖疑ったじゃない! ほんとやめて!」

「ちょ……性癖って何?」

「知らなくていいから!」

どうやら新しい歴史の幕あけでもなんでもなく、これまでどおりの日々が続いていくらしい。不肖な娘としては、末永く続くことを祈るばかりだ。



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