見出し画像

幾千粒の大合唱【ショートショート】【#182】

「今日はどうしますか?」
 フタをあけた炊飯器のなかからそいつは話しかけてきた。ふっくらと湯気を放ち、つややかな顔でこちらを見つめている。しゃべっているのはまぎれもなくそこに入っていた白いご飯だった。
「そのままいきますか? 納豆ですか? タマゴかけなんていうのもオツですな」
 ご飯がしゃべるようになったのは昨日のことだ。ニュースなどで「ご飯がしゃべるようになりました」とは聞いたことがないから、おそらくうちだけの話なのだろう。原因ははっきりしている。炊飯器を変えたせいだ。
 大手の家電量販店ではなく、街の片隅のリサイクルショップの片隅にその炊飯器はあった。安くて、小ぎれいなものであればどんなものでも構わない。そう思っていたわたしの目に飛びこんできたのは、「ご飯の声が聴ける!」とデカデカと書かれたPOPだった。
 対象を擬人化したような宣伝文句も見たことがないわけではない。あまりしっくりはこないが、店主がなんらかの売りを作らねばという思いをつのらせたまま、勢いでつけたPOPなのだろう。見た目は小ぎれいといっても良かったし、なにより値段がかなり安かった。その代わり保証期間はなく「返品不可」と書かれていたけれど、それも安いのだから仕方ないだろう。
 わたしはその炊飯器を購入し、小脇にかかえて家に帰った。そして意気揚々とご飯を炊いたところ、しゃべるご飯と初対面を果たしたというわけだ。

 さすがに昨日はわたしも混乱してしまったため、よく観察することもなく炊きたてのご飯をそのままゴミ箱に放りこんでしまった。きっと悪酔いでもしたのだろうと勝手に自分を納得させ、そのまま布団を頭からかぶって寝てしまった。
 幸いゴミ袋のなかからうめき声がしたりはしなかった。いったんすべてを忘れることにつとめた結果、今の今まですっかりこのしゃべるご飯の存在を忘れることに成功していた。しかし二度もこうしてご飯の声を聞けば、さすがに悪酔いではなかったと認めざるえない。
 そのうえ、声はひとつだけではなかった。
「いっそカレーなんてのもいいんじゃないですかい? しばらくやってないですよね?」
「ハヤシライスのほうが好きなのに」
「いえいえ、たまには丼ものも良いかと思われますぞ」
「なにを言うか、もちろん白米はそのままが一番じゃ!」
「シンプルにおにぎりが一番わたしを輝かせるの」
 数千はあろうかという米粒のひとつぶひとつぶが、思い思いにクチを開きだした。せまいワンルームのキッチンは、カエルの大合唱のようなにぎやかさだった。
 くわえて、昨日一度は押しだまったはずのゴミ箱からもやいのやいのの大歓声が巻きおこっていた。どうやら炊飯器が開いていると彼らはしゃべることができるようだ。いやそもそもご飯に性別はあるのだろうか。

 「返品不可」の文字が竜巻のように脳裏をかけまわっていた。粗大ごみの日はいつだったか……。いや鑑定団か、ナイトスクープ案件だろうか。そんなことを騒音のなかで考えていた。

画像1

#ショートショート #小説 #掌編小説 #ショートショーnote #しゃべるごはん #ご飯

「欲しいものリスト」に眠っている本を買いたいです!(*´ω`*)