【韓国文化研究者の韓国ドラマ考察】「トッケビ」第1回:登場人物を考える
今週のNHKラジオステップアップハングル講座でも「マンネ」回並みに反響のあった「トッケビ」回の再放送が今週から始まりました。それを記念して、韓国文化研究者としてドラマ「トッケビ」を考察していこうと思います。
私はブログで韓国語教育についてばかり書いていますが、本業は近現代韓国宗教文化を専門にしている研究者です。儒教、シャーマニズム、仏教、キリスト教、新宗教、死生観、スピリチュアリティー、占い、ナショナリズムなど韓国の宗教文化や宗教的なものなどが守備範囲です。
人間関係や文化の根底に宗教的な世界・精神的な世界観が存在することは指摘するまでもないですが、こういった「見えない文化」って難しいので、ブログや記事でもお目にかからないような気がします(もしかすると調査不足かも)
上記はとあるドラマ「トッケビ」の視聴者の感想の一部です。そうなんです。ドラマ「トッケビ」は言わずと知れた韓国ドラマの名作の一つ。伝統思想や宗教的・スピリチュアルなモチーフがたくさん出てきます。こういった世界を知ると、より伏線回収しやすくなるかもしれません。言葉と文化(宗教的・スピリチュアルなるもの多め)で思いつくままにつらつらと書いていこうと思います。
※ネタバレあります。ご注意ください。
伝統的な妖怪やスピリチュアルな存在の現代的解釈
ドラマのジャンルとしては、ラブストーリー強めの「ファンタジー」ということになっていますね。この作品は、伝統的な民話に登場する妖怪トッケビや死神といったスピリチュアルな存在によって繰り広げられる運命と記憶の物語です。
登場人物❶:トッケビ
ドラマ「トッケビ」のヒットを知ったとき、「えっ」と思いました。도깨비(トッケビ)は民話に出てくる妖怪・スピリチュアルな存在で、研究ジャンルで言うと民間信仰とか民俗学で扱われる、かなりマイナーな存在だったからです。韓国では昔話に登場しますから子供でも知っていますが。
まずパッと浮かぶビジュアルは「いかつさ」です。韓国サッカー代表の公式応援団は「レッドデビル」といい、応援Tシャツにトッケビがプリントされていますね。
「韓国の鬼」とも紹介されており、体格が良くて棍棒を持っているところは似ていますが、乱暴で怖い日本の鬼とは性格がちょっと違います。
トッケビはホウキから生まれたとされ、馬の血が嫌いで、その血に似ている小豆がゆが苦手です。打出の小槌のように金(ウンタクはお金をせびっていましたが、出すのは「ゴールド」のほうの金)を出したり超人的な力を持ちますが、人懐っこくて気まぐれで人間に悪戯をしたり助けたりもするユニークな存在です。
九尾狐(クミホ)の現代化はすでにありましたが、トッケビの「現代的解釈」は、おそらく韓国人にとっても驚きだったのではと思います。民話のトッケビの「いたずら」が人を助けるロマンチックな「奇跡」に再解釈した力技っぷりは、さすがだと思います。コン・ユが演じることによって、さらに魅力が増したことは言うまでもないでしょう。
登場人物❷:死神
続いて準主役の「死神」。韓国語では저승사자(チョスンサジャ)ですが、直訳すると「あの世の使者」です。輪廻転生の仏教的な死生観と、東アジアの伝統的な「あの世」観がシンクレティズムしているので、日本人にとっても共感できる部分です。死神の現代的解釈は比較的数が多く、「49日」のチョン・イルが演じたスケジューラー、「ブラック」のソン・スンホン、「神と共に」シリーズのチュ・ジフン、最近では「明日」のキム・ヒソンやロウン(SF9)などがありますね。
「トッケビ」劇中の「死神」はイケメンで、トッケビカップルに劣らない人気でしたが、青白い顔で黒いスーツに黒い帽子をかぶっています。
日本の皆さんはこうした現代的解釈の死神の方に馴染みがあるかもしれませんが、韓国にもともとあった「死神」のイメージはこんな感じです。コミックや時代劇ではこちらの描かれ方が一般的でした。
こうした死神のイメージは、意外にもそれほど古いものではありません。70〜90年代に放送されていた長寿怪奇ホラードラマ「伝説の故郷」によって作られたといわれているのです。
それまでの死神は、民俗学の文献やシャーマンの儀礼のクッなどを見ると、将軍のような格好をしていますが、死神感はあまりありません。
そもそも死神が記憶を失っている罪人という設定ですが、民俗学的な資料に登場する死神は生前の記憶をしっかりともっているように描かれています。
朝鮮半島の死神や閻魔大王は、罪人ではなく、功績を積んだ立派な人、能力が高く優秀な人が就任する、公務員のような存在であったと考えられています。「トッケビ」もそうですし、死神が登場する作品では、確かに公務員のような存在として描かれていますね。ただ論文では、誠実な公務員というよりは、生きている人から賄賂をもらうような悪代官のイメージが近いです。
劇中、デスノートのような名簿が登場します。韓国らしいのは、時間の概念が干支で表されているところ。
干支は古代中国の暦で、十二支と十干を合わせて60を一つの周期と考える数詞です。日本も戌年とか巳年といった十二支は意識しますが、韓国は十干も付け加えた年の数え方が一般化しています。
例えば2022年は日本では寅年ですが、韓国では「壬寅年」です。秀吉の朝鮮出兵(文禄・慶長の役)は「壬辰倭乱」(壬辰年〈1592年〉に起きた倭〈日本〉との戦争)と呼ばれています。
死神の茶室シーンが印象的ですが、あの世への入口で記憶を消すお茶を飲ませる設定は、「トッケビ」のオリジナリティーでしょう。
登場人物❸:三神ハルモニ
もう一人の神は「三神ハルモニ」ですね。おばあさんの神ですから、真っ赤なスタイリッシュなスーツを着た若い女性として描いたのは斬新でした。
韓国の子供向けの昔話・説話のイラストではこんな感じです。
いずれも赤ん坊を抱いていますね。三神ハルモニ(ハルメ)もしくは三神といわれる神、出産や子供の発育、寿命を司る神といわれています。それと関連して、産母の健康も司るともされます。ピンチの時に主人公のウンタクを助けるのは、そういった伝統的な三神ハルモニの役割そのままと言えるかもしれません。
信仰対象としての三神ハルメは、女性と関わりの強い神様だからか、釜にお米を入れて台所で祀られていたりします。(現代のソウルなどではもちろん見られません)
登場人物❹:ウンタク
さあ、ラストは何と言っても主人公チ・ウンタクです。
ウンタクはスピリチュアルな存在ではありませんが、トッケビの花嫁ということで霊力が備わっていますね。死者(幽霊)の声が聞こえたり、見えたりします。
こういった力を持つ存在で、パッと思い浮かぶのはシャーマン。日本で言うと沖縄のユタや東北のイタコといった、神様を体に取り入れて預言を聞く霊媒師のことです。
韓国では女性シャーマンをムーダン(무당)、男性シャーマンをパクス(박수)と呼びます。ムーダンはドラマにも本当によく登場しますね。「占い師」「霊媒師」などと訳されています。「トッケビ」では2話でサニーが恋愛占いに行きますが、あれです。よく卍マークが見られ、法堂(법당)もしくは占い屋(점집)といわれます。祭壇があり、おどろおどろしい雰囲気があります。
ムーダンやパクスたちは、普通の生活を送っていた一般人です。ある日、原因不明の不眠や幻聴、幻影などに悩まされるようになり、神様を受け入れシャーマンとして生きていく儀礼をすることで治ったりします。こういった民間信仰、伝統宗教があるため、ウンタクのような子は、神気(신기)がある、あなたはムーダンにならないといけない、などと言われることになります。
次回からドラマの世界をさらに深掘りしていきます!
「韓活韓国語」はKコンテンツを深めるという学習者の目標文化を意識しながら文化と言葉をセットしにして学ぶことを目指します。今後も字幕では当然補われない異文化の世界を単語やフレーズなどから紐解いていきます。
「もっ韓学院」の成都恵未先生訳の小説「トッケビ:さびしげで光り輝く日々」(学研)上・下が出版されていますので、気になった方はぜひ。
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