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【韓国文化研究者のBTS考察】第1回 ヒョン(兄)とトンセン(弟)の人間関係

 2021・22年、NHKラジオ・ステップアップハングル講座で取り上げたLESSON2「長幼の序はらしくふるまう文化」とLESSON6「同い年 永遠の友情」について、こちらでも紹介したいと思います。

 このネタは、勤務校の「日韓異文化理解研究」という講義で語っているものです。韓国文化系の講義で儒教文化についてレクチャーしていますが、「儒教文化は〜」などと硬苦しく話すと、半分ぐらいの学生が睡魔の前に撃沈するので、BTSをはじめとしたアイドルを事例に解説し、文化が凝縮された言葉(フレーズ)も一緒に教えています。Kコンテンツ、文化、ことばの三位一体の授業です。

 学生アミから「先生はアミと名乗ってもいっても良いと思います」と絶賛された講義の一部です。そんなに喜んでもらえるのであれば、広くアミに伝えようと思った次第です。

「韓国社会は儒教社会である」

 本当に使い古された言葉です。韓国人ネイティブのアイデンティティーの中に儒教は当然あるのでしょうが、日本社会はどうなのでしょうか。

 もちろん存在しています。日本だけでなく、東アジアに住む人々のメンタリティーに2000年間深く根ざしたものだからです。何だったら日本に住む人々がKPOPの虜になり、Kドラマの世界にスッと違和感なく入りこめてしまったのは、親を大事にする、目上に配慮をする、嫁姑の上下関係などの儒教的なメンタリティーが敷居を低くしたと思います。

 一方で韓国社会は、日本以上にグローバル化しており急速に伝統的な儒教的な価値観が失われていっています。前近代の朝鮮王朝は儒教社会であったがその社会的な風習や制度(姓、葬祭、価値観、学習主義…)が近現代以降に急送に失われていっているワケです。最近では日本の方が男尊女卑的考えがしつこく残っていて、儒教的だなと個人的には思ってしまいます。世界経済フォーラムが調査している2021年の「ジェンダーギャップ指数」で日本は国別で120位と大変不本意な順位にあり、儒教社会(東アジア的な男尊女卑の考えがある社会)であるといわれてきた韓国(102位)中国(107位)よりも酷い結果となっています。

 韓国社会は、儒教社会だというあまりにも古めかしい見方で現代韓国社会を見ると「?」となってしまうわけです。若者はインフォーマルな場面で両親には敬語を使わなくなりましたし、年齢だけでマウントをとるような行為を「コンデ」といって忌み嫌います。

 ですから「韓国社会はどこまで儒教社会なのか?」という儒教社会を前提にしつつも、変化にも目配りしながら韓国社会を見ていく必要があります。そもそも「儒教とは〜」までさかのぼると話が広がり過ぎますので、儒教の詳細については、京都大学の小倉紀蔵先生の書籍の数々を読んでください。

 御託はこれぐらいにして本題。

 儒教的な人間関係をしっかり抑えることは、韓国語の学習や使用においても、Kコンテンツを消費する上においても凄く大切ですし、より深く理解できるようになると思います。変化はあっても基本は大事です。

儒教の「五倫」とは

 韓国人の人間関係を端的に表した物として儒教の「五倫」といういうものがあります。「五輪」(オリンピック)ではありませんよ、5つの倫理ですよ。つまり儒教文化の中で大切にしている5つの人間関係です。これは家族関係から政治体制まで貫く基本的な人間関係です。

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 五倫は日本人だとどこかで聞いたことがあるかなレベルですが、韓国で教育を受けた人であれば五つを暗唱でき、どんな意味かも分かっているはずです。

 簡単に説明すると「親には孝行をせよ」「組織や上司には忠義を尽くせ」「(男は外、女は内といった)男女には役割分担がありますよ」「年長者を敬い、年下を可愛がれ」「友達とは仲良く」でしょう。

 いささか古めかしい昭和テイストな情緒も入っていますが、これらは東アジアに共通するメンタリティーです。この感覚をが東アジアの文化コードに存在するから、日本で暮らす私たちは、韓国ドラマを見て共感できるのです。

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 5つのうち4つは、縦の関係を示しており、残りの1つは、フラットな横の関係を示しています。 こうした人間関係を基本とする儒教思想を使って、東アジアは2000年間統治されてきました。ほとんどが縦の関係を示したものですから、歴史の中で、儒教は支配者に都合の良い思想として利用されてきた側面もあります。夫婦の別は、「82年生まれ、キム・ジヨン」などを見ても分かるとおり、最近は、男尊女卑的な上下関係を是正し、フラットへと向かおうとしているといえます。

ジョングク「長幼の序があるから」

 今日の日本の学校教育で、道徳の時間に学ぶのは、「命の大切さ」や譲り合いのようなふわっとした物ですが、韓国では儒教についてかっちり学びます。国民に広く浸透しているのは、BTSのVライブを見てもわかります。

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 ジョングクがジミンとチームを組むとき、チーム名を「ジミンとジョングク」にしました。ジョングクは、「ジョングクとジミン」という名前にしなかったことについて、「長幼の序があるから」と冗談交じりに話したのです。

 日本の若者が「長幼の序」を口にすることは滅多にないでしょう。これはジョングクが変わっているというより、韓国では皆が当たり前に知っていることだから、ふとしたときに口に出るのです。学校教育やしつけの中に、儒教倫理が今でも息づいている証です。

 現代においては、五倫が5つとも大切にされているわけではなく、「父子の親」と「長幼の序」を極めて重要です。ここ最近は、この2つもかなり形骸化されてきています。

 KPOP文化が日本のアイドル文化と違うのは、「長幼の序」などの人間関係がしっかりと見えるところでしょう。日本にも、もちろん「長幼の序」はあります。体育会系や芸能界では年齢や芸歴による先輩後輩の厳しい序列関係があり、よしもと芸人は先輩芸人を「兄さん」「姉さん」と呼び、宝塚は期数による縦関係が厳しいことで有名ですよね。会社に入れば、同期かそうではないのかということが人間関係の上で重要になることはしばしば見られます。

BTSメンバーの呼称

 BTSメンバーは、年上グループと年下グループに分けるとこうですね。

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 グループ最年長のソクジンは、맏이・맏형と呼ばれます。日本語で言う「長兄」です。最年少のジョングクは막내・막둥이。日本語では「末っ子」です。

 この年上年下グループを無意識に感じているのか、日本のファンがメンバーを呼ぶ呼称も、うまく分かれている印象があります。

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 いわゆる「ヒョンライン」は「くん・さん」、「マンネライン」は「ちゃん・呼び捨て」となっています。小3の娘は「テテさん」と呼んでいるので、ファンの年齢も影響すよるようです。

 日本のBTSの呼称は、ジャ〇ーズ文化の影響も多分に受けているように感じます。ジャ〇ーズのメンバー間の呼称は、年上を「くん」、年下を「名字・名前の呼び捨て」にすることが多いようです。SM〇Pなら、木村〇哉さんは、末っ子の香取〇吾さんを「しんご」と呼び、香取〇吾さんは木村〇哉さんを「木村君」と呼んでいますよね。

 さらにレジェンド感のある近藤〇彦さんは、後輩から「近藤くん」ではなく「マッチさん」と、最上級の尊称である「さん」付けがされています。こう見てくると、気楽な先輩「くん」が「(ヒョン)」、気安くない先輩「さん」が「선배님(ソンベニム・先輩)」に当たるといえます。

 改めて上の表を見てみると、同じ「ヒョンライン」でもジンは「くん」、SUGAやRMは「さん」付けが多いような気もします。SUGAやRMは、その溢れる才能故に、親近感よりも尊敬感の強いメンバーですよね。

 一方、J−HOPE(ホビ)は「呼び捨て・たん」となっているので、若干マンネライン扱いですね(笑)。ファンは本当にメンバーのことを理解しているなと思ってしまいます。

マンネラインに目をやると「ちゃん」付けが目立ちです。日本語で「ちゃん」を付けるって、赤ちゃんか子供です。ファンにとって、マンネラインはやはりかわいい存在なのでしょう。「テテ」「グー」など、呼び捨てにするメンバーも、マンネラインが多いです。

日本のファンの呼称に対する何げない感覚が、BTSの呼称にも表れているようです。こうした呼称の細かい使い分けは、日韓に共通する文化だといえるのです。

アイドルたちの年齢秩序

さあ、そんな韓国のアイドル文化の特徴を上げてみましょう。

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 さあ、どうでしょうか。年上メンバーを年下メンバーがヒョン(兄)・オンニ(姉)と呼ぶこと応援チャントはリーダーが先頭に来ることはありますが、残りのメンバーは年齢順HPのプロフィール紹介もほぼ間違いなく年齢順です。

 そう、あらゆることが、年齢順。徹底的に、年齢秩序を守っているのです。これは、アイドルだけの文化ではありません。年齢秩序の中に置かれるのは全国民です。나이가 벼슬(年齢が官位)という有名なことばがあります。年上というだけで大切にされ、尊ばれる。悪く言えば、偉そうに出来る。そういう年齢秩序のある社会なのです。

年上に対する細やかな気遣いっぷりの表れの一つが、兄・姉の呼称です。日本の兄は1種類だけですが、韓国は、男性にとっての兄(ヒョン)と女性にとっての兄(オッパ)を呼び分けます。JIMINに「あなたのお兄ちゃん呼んできて!」と言うときは、ヒョンを使いますが、RMの実妹に「あなたのお兄ちゃん(RM)呼んできて!」というときは、オッパです。どちらの性の人にとっての兄なのか、なんてところまで目配りしているのです。姉も、同様にヌナとオンニを呼び分けます。

では、弟・妹はどうでしょうか? 

 何と、年下である弟・妹は性の区別すらしないことがよくあります。「うちのトンセンと一緒に旅行いってきたんだけど…」といわれたとき、「トンセン」は弟なのか妹なのかすら不明です。年下は、性別すらもどっちでもいいのです。

 남동생(ナムドンセン:弟)、여동생(ヨドンセン:妹)という単語はちゃんとあるんですよ。でも男女をつけずに単に「トンセン」と言ってしまうことがよくあるのです。言われた日本人は少し戸惑います。日本には男女を明確に区別した「弟・妹」という単語しかないので、「この話は弟のことだろうか、妹のことだろうか」ともやもやしてしまうのです。

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  アイドルの人間関係を見ていて面白いと感じたり共感できるのは、日本社会のベースにも五倫の人間関係があるからといえます。西洋のファンにとっては、理解しがたい部分もあることでしょう。

考察は第3回まで続きます。


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