【超短編】鉄と丸い雲

ファーストキスは、鉄の味がした。

それは僕の口の中のせいか、あの子の口の中のせいかは、分からなかった。


けれど今考えてみれば、あれはいわゆる“ライトキス”というやつだったから、きっと僕のほうの問題なのだと思う。

初めてなのに。
きっとどちらも鉄の味なのに。

当たり前みたいに笑っていたあの子は少しだけ、気味が悪かったっけ。

 



あれから、5年も経っている。

けれど僕は今でも、白い雲を見るたびに考えてしまう。

もしも、免許を取れる年になるよりも早く、僕がファーストキスを済ませていたならば。

それは、ちゃんと甘酸っぱかったのだろうか。


丸い雲が流れてくる。

風が吹いているのに珍しい。

それは僕に対する当て付けみたいに、丸かった。


分かったよ。それについても考えるから。


キスの味についてと、それから。

初デートのハイライト。

助手席のエアバッグだけ、膨らまなかった理由について。


あの子は今日も、遠い空の上。

白くて丸いエアバッグみたいな雲を作っては、僕に見せてくる。

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