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行政改革と電子政府:国のあり方とデジタル化の濃い関係

 デジタル庁設立の動きが続くなか、サッカーとの比較は、いったんお預けにして、その国の「情報化」の大きな構成要素といえる「電子政府」の進展度とその要因を知ることは、日本がどうすべきかということの「参考」になる、と思います。とはいえ、どういう要素・要因が参考になるのか、ならないのかの具体的な吟味が必要ですね。以下、その参考になるかなと思いながら、書いてみました。

楠正憲さんがFacebookで指摘されている、小国=人口規模、というのは、たしかに大きな要素の一つだと思います。一般には人口が多いほど、行政単位の細分化、分権化が進み、それだけ標準的なシステムを普及・運用させることが難しくなることは、容易に想像がつきます。
 連邦制度になれば、中央政府と地方政府のギャップが大きくなるでしょうし、日本のような「地方自治」が重視される構造と、中央集権が強い国とでも、相当違うと思います。

韓国:民主化と並行して進んだ自治体システム 

 どなたかが指摘されていましたが、韓国や台湾のように、90年代になって本格的な「民主化」が進んだ国は、情報化が民主化の歩みと並行した動きをしたと考えられます。
 2001年に大分で開いた「ハイパーネットワーク別府湾会議」に、ソウル市の電子自治体を推進している方を招いて講演していただいたのですが、彼から「汚職の廃絶と電子自治体は表裏一体だ」と聞いた記憶があります。入札、許認可などの情報をすべて市民がオープンに見れるようにすることが、それまでの賄賂政治を無くすことにつながる、と。各種手続きも透明になる、と。


 現状はよく知らないのですが、韓国は、地方自治体に対する中央政府の権限が強く、人口の4分の1以上がソウル市に集中、ソウル市用に開発したシステムを他の自治体が導入することは普通に行われているとも聞きました。
 で、あらためて韓国の自治体システムについて検索してみたところ、以下のレポートが見つかりました。

『韓国で電子自治体が急発展した鍵 ~ 全国的に一つの自治体標準システムを共同開発、共同運営するメリット~  2010年 自治体国際化協会』 

 ざっと目を通すだけでも、いまの日本の自治体情報システムが抱えている問題点が、ほとんどすべて指摘されています。それもそのはず、実際に調査されたのが、元ソウル市職員でその後日本に来日され、佐賀や青森などの自治体の行政システム改革を手掛けて実績をあげたイーコーポレーショ ン・ドット・ジェーピー社長の廉宗淳(ヨム・ジョンスン)さんでした。
 曰く、「業務のシステム化の割合が低い」「自治体別にシステム化のレベルが異なる」「機能を改善せず、古いシステムを継続的に仕様」「所有費用が高く改善しにくい」「システムはデータの統合が難しい」、と。簡単にいえば、コストが高く、効率は低い、ということになる。なぜそうなったのだろうか、、、、、

エストニア:ゼロからの国造りとデジタル化が同時期に

エストニアについては、2008年に短時間でしたがバルト三国を訪問調査したことがあり、そのときエストニア政府の人から、「ソ連邦崩壊で、それまで政府・行政を支配していたロシア人の多くが帰国してしまい、白紙の状態から行政制度・運用システムをつくる必要があった。そこにデジタル化の導入が同時期で行われたことが大きかった。アナログのレガシーシステムは存在してなかったのに等しかった、という。ゼロからの国造りがデジタル化と同時期に進められたのだ。
 そのあたりの経緯は、別府多久哉氏による以下の記事に詳しいのでご覧ください。

 2008年の訪問当時、エストニアは、国連機関UNDESAによる「2008年国連グローバル電子政府準備化調査」で、192カ国中13位と上位に位置し、この表には出ていないドイツ(22位)やシンガポール(23位)をも上回っていた。ただしこのとき日本は11位で、エストニアよりは上位でした。

E-Government Readiness Index 2008
順位  国名  2008年指数
1  Sweden  0.9157
2  Denmark  0.9134
3  Norway 0.8921
4  United States 0.8644
5  Netherlands 0.8631
6  Republic of Korea 0.8317
7  Canada 0.8172
8  Australia 0.8108
9  France 0.8038
10  United Kingdom 0.7872
11  Japan 0.7703
12  Switzerland 0.7626
13  Estonia 0.7600
14  Luxembourg 0.7512
15  Finland 0.7488
16  Austria 0.7428
17  Israel 0.7393
18  New Zealand 0.7392
19  Ireland 0.7296
20  Spain 0.7228
(出典『UN E-Government Survey 2008』)

 なお、今年、2020年の日本は14位に下がったのに対して、エストニアは3位となっています。1位デンマーク、2位が韓国です。

 ソ連邦時代には、ウクライナは重工業とか、○○は農業といったように、各共和国はソ連と東欧諸国全体で構成された「分業システム」に組み込まれており、エストニアは「科学技術」「IT・AI」の分野が割り当てられ、コンピュータ科学を担当したため、人材が育っていた、とも聞きました。社会主義時代から、隣国スウェーデンに留学生を送り出すなど西側の最新の情報技術に接してきたそうで、独立後もフィンランドなどから多くを学んだといいます。こうした歴史的背景・蓄積を上手に活かせたこともエストニアのデジタル化成功の大きな要因だったと考えられま

中国:「社会主義市場経済」の推進と国家経済情報システム

 2003年、筆者は、日本が総額200億円の援助=借款を中国政府に供与して構築された「国家経済情報システム(SEIS)」の第三者評価を依頼されました。前後3回訪問して、北京はもとより、上海、長春、西安、杭州、ウルムチ、広州など、全国10都市の省・市政府などの経済情報システム委員会などを訪問して調査を行ったことがあります。
 1980年代後半に鄧小平による改革開放政策の一環として「社会主義市場経済」の導入が進められ、新たな経済体制の根幹に「物価情報システム」「国家借款管理システム」など、全部で10余りの情報システムが開発・導入されたのですが、その「効果」を評価しろ、というミッションでした。当初は、X25などを基本仕様としていたはずなのが、いつのまにか、日本側が理解していないうちに、実はインターネット技術を採用していたようなので、その経緯も調べろ、と。
 端的に申し上げると、当時の中国政府・共産党指導部は、インターネットの威力を存分に理解したようで、当初は沿岸地域の省・特別市のみに導入する予定だったのが、全国的な導入に切り替え、そのための予算は、日本のODAに依存しないで、自前で用意されたのです。
 当初は行政内部のデータベース・情報共有システム、いわゆるイントラネットとして開発されたのですが、インターネット技術の導入を契機に、人民日報に開かれた論壇を設置して、民の声を聞くなど、広く一般国民との情報共有を図る方向に、大きく方向転換されていったのです。

 たとえば長春では、吉林省の経済政策の担当者が「隣の黒龍江省の同部門の人間と、電子メールで簡単に連絡がとれるようになったので、中央に計画書を出す前の摺合せ=情報交換が簡単にできるようになった」と聞きました。地方分権化が進められる当時の中国の流れと同期していたのです。シルクロードの町、ウルムチでは、「これまで北京まで普通郵便で10日、速達でも3日かかっていたのが、電子メールで一瞬で届くようになった。各省の発展改革委員会と中央とがインターネット上のテレビ会議で結ばれ、中国電子に払う通信料金の心配をしないで、全国的な会議が簡単に開けるようになった」などなど、そのメリットを強調し、享受していたのが印象的でした。 当時、日本の都道府県と中央省庁を一斉に結ぶテレビ会議システムがあったとは、聞いていませんでした。

 もちろん、こうしてネットの威力を知った最高指導部が、その後情報統制を強化していったことも事実です。

日本はどう学べばいいのか

 こうして、韓国や台湾、エストニアや中国など、それぞれの国が、民主化、独立、市場経済導入など、社会経済全体の根本的な改造、再構築を推進していったことと、行政などへの情報システムの導入、社会全体のデジタル化などの動きが、強く連関していた事例がみられます。
 つまり、その国の権力支配構造、行政体制、経済システムなどを根本的に変革・改革する動きと情報化、デジタル化が同時に発生し、それを受け入れた国は、当然ながら、その導入作業への抵抗が少なく、大きな普及を遂げることができた、といえそうです。まさに「リープフロッグ」といえるでしょう。
 この「教訓」を日本にあてはめられるかというと、かなり唸りますね。日本では、「行(財)政改革」と「電子化」、「情報化」「デジタル化」が一体で推進されたかは、掛け声は別として、実態は相当異なると思うからです。では、日本はどう学べばいいのでしょうか。極東の島国で、国土は狭小ですが人口は1億2千万、天然資源はあまりなく、とくに第二次大戦後は機械などの輸出産業、ものづくり、加工技術で生きてきた国。人口の大半が「日本」人で、在日韓国・中国人の存在、近年のアジア諸国などからの労働力の流入はありますが、全体としては日本語・日本人中心の制度・文化・社会体制を護持し、相当にモノカルチャー、です。
 世界中で同じような地政学的条件をもった「国」はほとんどありません。この条件を直視して、自前で考えていくしかないと思います。同時に、国外の優れた事例から積極的に学びつつ、変えるべきは変え、改めるべきは改めること、、、いまはまさにその時期なのだと思います。あまり独自の結論ではないのですが。

 

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