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祖父の葬儀

 同級生のハナちゃんから聞いた話だ。
ハナちゃんの母親の実家は、福島県奥会津の小さな村で旅館を営んでいた。ハナちゃんが小さな頃、長期の休みには、その旅館に姉妹で預けられ、旅館を手伝ったり、村の子どもたちに混ざって遊んだりしていた。子どもたちが過ごした、この村での不思議な話は数多くあるのだが、今回は彼女の祖父の葬儀に関わる話をしたい。
 ハナちゃんが二十歳の年、その奥会津の家の祖父が亡くなった。40年近く前のことだ。
 祖父は、村の寺に広い土地を寄進したり、他にも様々な貢献があったので、寺では、彼のお葬式を当時流行りの略式ではなく、正式な作法でさせてほしいと言ってきた。祖父が行ってきた「寺に対する貢献」に感謝してのことだ。
 季節は初夏。蝉こそ鳴いてはいなかったが、爽やかに暑い午前中であった。
 当時は土葬であった。墓場に棺桶を下ろせる穴を掘り、棺桶を用意したが、祖父は思いのほか長身でその棺桶には入らず、急遽、親族が手作りで白木の棺桶を作り直した。
  その親族手作りの白木の棺桶を、力の強い男衆が6人で担いだ。棺桶には、魂の緒(たまのお)と呼ばれる2本の白布が結び付けられており、それを、棺桶のすぐそばから、血が近い順にそれぞれが手に持って、棺桶の後ろに2列を作った。担ぎ手と参列者は白い麻の帷子を裏返しに着て、帷子が足りなかった子どもたちなどは、着ていたTシャツを裏返しにした。
 そして、葬列は埃っぽい砂利道を、静々と寺を目指した。
 寺に到着すると、山門を入って左側、庭の片隅に井戸があり、その井戸の周りを3周回るのがその村の葬儀の正式な作法である。その作法の由来は誰も知らない。昔からそうしていたと、伝え聞いているだけである。
 しかし、正式な葬儀はあまりにも久しぶりであったので、井戸の右から回って良いのか?それとも左か、ハタと迷い、葬列が止まった。
 先頭の一人が口に出す。
「はて?どちら周りだっけ?」
周りの親類たちも曖昧に笑った。本当に作法も忘れるほど久しぶりだったのだ。
「左だよ」
甲高い、女のような子供のような声であった。
「ああ、左か」
一同納得し、葬列は再び何事もなかったように動き出し、井戸を左回りに3度回って、本堂に向けて前進を始めた。
 誰もが(アレ?なんか変だな?)と思いながら、誰もそのことには一言も触れず、その日、無事に葬儀は終了した。

 声は、明らかに井戸の中から聞こえた。


竹書房の2023年8月のマンスリーコンテスト、テーマ「井戸」に投稿して、佳作をいただきました。
次回も頑張ります。

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