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Choise(お題:迷子、虫捕り、隔壁)

「オオクワガタがいるって聞いたんだ」


会話の糸口として適切なのかわからなかったが、他に喋ることもなかった。


「クワガタ?」

「金のためにな。でかい奴だと、百万はするらしい」

「おじさん、バカだね」

「はは。楽はするもんじゃねえな」


安物の虫取り網で、嬢ちゃんがいるらしい側の壁をこつこつ叩く。「止めてよ」と案の定苦情が来た。どうやら、壁が薄いのはココだけらしい。とはいえ、こんなもので破れる気はしないが。


四方八方、壁だらけ。窓も扉もない。電灯すらない。壁が発光しているおかげで部屋自体は明るいが、こんなの、真っ暗なのとどう違うっていうんだ。
まったく、どうやって閉じ込めたんだか。ほとほと感心する。


「嬢ちゃんは、何をしてたらこんなとこに?」

「迷子」

「迷子?」


嬢ちゃんは、声の印象だとずいぶん幼いようだったが、妙に大人びているようにも聞こえた。


「ま・い・ご。ことば、知らないの?」

「いやいや、知ってますとも。こんな森の奥で――まあ、ここがどこかはわかんないけど――迷子になるなんて、とんだヘンゼルとグレーテルだ」

「グレーテルの方がましよ」


子どもが発しているとは思えない、血反吐を吐くような声がした。


「最後は、やさしいお父さんと再会できるんだから」

「そりゃ、悪かったね。やさしいお父さんじゃなくて、やさしいおじさんで」

「……おじさん、こんな状況なのに、すごく落ち着いてるね」

「嬢ちゃんこそ。怖くないの?」

「おじさんは怖いの?」


予想通りの返答だ。そして俺は、嬢ちゃんが予想している返答を吐く。


「怖くない。……というより、どうでもいい。嬢ちゃんと同じでな」


人生、すでに終わってるんだからな。お互いに。あとは、息が止まるのを待つばかりだった。


こんな事態になるのは想定外だったが。まあ、元々の予定がちょっと早まっただけのことだ。


薄い壁の向こうの空気が、和らいだように感じたのは、俺がそれを望んでいるからだろうか。


「おじさん」

「何?」

「なんか、眠い」

「……奇遇だな、俺もだ」


どちらの部屋も、窓も扉もない。つまり、通気口がない。そろそろ、酸欠になってきた頃なんだろう。俺達は、最初から結末を知っていた。


俺はふいに、虫取り網を壁に向かって勢いよく振り下ろした。安物のそれは容易く折れ、壁に傷一つ付けることが出来なかった。叩き付けた音だけが、虚しく反響した。


「おやすみなさい、おじさん」

「……おやすみ」


助けられなくてごめんな。途切れていく意識の中で、彼女を思った。




お題提供者:Takaaki Izumiさん(@imm1123)

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