見出し画像

Light House(お題「鳥籠、笛、灯台」)


「そいつは、呪われているんだよ」


店の主人はいった。


「見た目はただの鳥かごなんだが……厄介な代物でね。鳥かごのくせに、鳥が入りたがらないんだよ。それまで、鳥かごをどんなにつっついていた奴だって……。扉が開いた途端、はっとしたように飛んでいっちまう。まるで、先客でもいたみたいに……。それでもいいのかい?」


「もちろん」


お代を払ったあと、主人は思い出したように訊いた。


「あんた、一体どんな鳥を飼ってるんだい?」


僕は答えた。


「いいえ、飼っていませんよ」





笛を吹くのは、ひさしぶりだった。試しに吹き口をくわえてみると、ひゅっ、ひゅっとなさけない音がした。まあ、何とかなるだろう。行き当たりばったりなのは、いつものことだ。


鳥かごのフックをひっかけた左の人さし指が震え始めた。ソレが、目を覚ましたんだろう。かたかた振動していたソレは、事の重大さに気付くと、たった今誘拐された子どものように――あながち間違ってはいないけれど――がたがた震え始めた。


「僕は、鳥を飼っていないよ」


あの店の主人にいったのと同じことを返すと、鳥かごの動きが、一瞬ぴたりと止まった。それから、「わからない」といったふうに、左右にゆっくり振れた。


「帰してあげたいだけなんだ……君を、君の家に」





そして僕らは、一基の灯台に着いた。今夜は星が明るくてよかった、と思った。ここはたしかに灯台だけど、僕らを照らす光はないのだから。


聞いたところによると、かつて灯台は意志を持ち、自ら灯台守の役目を務めていたらしい。その灯台が放つ光は、暗闇を照らし出すだけじゃなく、人々に安心をもたらしたため、この土地の神さまとして祀られていたそうだ。


しかし、ある日突然、灯台は光を失った。


何が起こったのか、町の人々には理解できなかった。もしかしたら、灯台守でもいたら、解決したのかもしれない。しかし、この町の灯台守は灯台自身だったので、彼らに打つ手はなかった。


それから一年あまりで町の漁業は衰退し、住民は灯台への信仰心を次第に忘れていった。


「はい、どうぞ」


暗闇の中、鳥かごの扉を手さぐりで開けると、わずかに開いたそれを、さらに押し開ける音が聞こえた。けれど、ソレの気配は、まだ扉の辺りで留まっているのを感じた。きっと、どうしたらいいのかわからないんだろう。何十年ぶりに見上げる、自らの巣。あそこに戻るには、どうしたらいいか。


僕は、とっておきの道具を出す気分で、ソレの目の前で笛をかかげた。


「大丈夫。僕が、導くから」


ひゅう、と息を吸い、ふうと、息を吐く。大丈夫、大丈夫。僕は、自分にも言い聞かせる。すっと気持ちが落ち着くと、調べは自然に流れ出す。この調べを耳にした人々は、誰もがこう云った。私はこの曲を、何百年も前から知っていた……。


僕はそっと、笛の先端を軽く持ち上げる。てっぺんまで届くように。かつて、ソレが居た場所に……。


ソレは、徐々に姿を現した。最初は、ぼんやりとした光の玉だった。けれど、それは徐々に、暗礁をも照らし出す巨大な光になった。笛の旋律を頼りに、灯台の上を目指しながら……。


灯台はもう、町の遺物ではない。町の象徴たる姿を取り戻していた。


ありがとう


頭の上から、声が響いた。人々に安心をもたらす声だ。僕は笛を胸に携えたまま、灯台に向かって敬礼した。


その後、風の噂によると、あの町の漁業は再び盛んになったらしい。神さまがおわす、あの灯台のおかげで。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。 「サポートしたい」と思っていただけたら、うれしいです。 いただいたサポートは、サンプルロースター(焙煎機)の購入資金に充てる予定です。