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クロアチアの五郎ちゃんは八面玲瓏 『ヴィンセント海馬』漢検篇★4★

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海馬くんのムチャぶりの内容は簡単に言うと「呉呂茶」から――つまりクロアチアから――高校生がやって来る。ゴールデンウィーク中、ヒマならその子に日本を案内して欲しいということだった。

は?!

わけわからないし想像もつかない。完全にヒマ扱いしてくるあたりもわりと酷いし。ていうか、そもそもクロアチアってどこ? 

クロアチアから来る高校生って・・・強いて思い浮かべられる人物像は、「呉呂茶」という漢字の音から連想される


五 郎 ち ゃ ん


という朴訥とした田舎男子高生だが、はるばる日本へやって来る短期留学生は、なんと――女子高生だった。

正確には女子高生ではない。彼女はちょうど高校生にあたる年齢だけれど、高校には通っていない。


高校行っていないのに留学?! 

日本で何を学びたいの?! 


海馬くんはまあ、いつものごとくあまり詳しくは教えてくれなかったけれど、彼女はどうやらバレエダンサーらしい。それも将来を嘱望されている、国際コンテストで入賞しちゃうような女の子だと言う。

「ちょっと、あのさ、海馬くん! さっき、わたしにバレエを踊って欲しいみたいなこと言ってたけど・・・そもそもいろいろムリだから。案内もできないし」

「なんでですか?」

「だって・・・」

銀色の長い髪の奥にある鋭い瞳が美月先生を見据えている。

「わたし、漢字の勉強しなくちゃダメなんだもん。ゴールデンウィークは漢字の勉強いっぱいやるって決めたんだ。ごめんね、力になれなくて」

声が微妙に上ずっているのを自覚する。一秒でウソと判るよね。苦し紛れにもほどがあるウソ。自分、漢字の勉強なんて・・・少しはするかもだけど、きっといっぱいはしない。

「あれ? 漢字って勉強するものですか?」


え?!


日本人なのかよく分からない少年、どこから来てどこへ向かおうとしているのかまるで分らない男子高校生ヴィンセント・VAN・海馬は、美月先生が目を落とした先にあった、どこか哀しい漢検1級のテキストにそっと触れると、四字熟語のページを静かにめくりだした。

「ちょっと見てもいいですか。うーん。ちょうどいい言葉ないかな・・・」

「は?」

「彼女に、ぴったりの四字熟語を探しますね」

嬉しそうだし、楽しそう――


漢字って、勉強するものですか?


漢字を追う少年のその目は融通無碍。露ほどにも勉強感がない、キラキラした瞳を前に、美月は「漢字の勉強をしなくちゃダメ」と発した自分を恥じる。

しかも勉強しなくちゃとか――ウソだし。

海馬くんがオーダーした裏メニュー『ココア』が冷めてしまいそうだ。カップは肘に当たってこぼすんじゃないかと気になる位置にある。手を伸ばして置き直したいけれど、その手が出ない。そんなことしかできない、いな、そんなことすらできない自分がすごくすごく哀しい。

「そうだな・・・えっと・・・あ、うん。ぴったりなの見つけた! 彼女はね、四字熟語で言えば、ハチメンレイロウです。先生、ハチメンレイロウって――」

「知ってるよ、もちろん」


八 面 玲 瓏


まさかの書けちゃう。もちろんとか付けてみた。

お気に入りの四字熟語のうちのひとつだ。玲瓏という言葉は、将棋の棋士が使っていて、その響きにも字面にも一目惚れ、カッコイイから暗記していたのだ。

どこから見ても曇りがなく、美しく輝いているさま。また、心が清らかに澄みきって、何のわだかまりもないさま


「八面玲瓏・・・ホント?」

海馬くんが八面玲瓏と評価する女の子。それならかなり会ってみたい!

「和の心を学びたいそうです」

「和の心?」

「役作りというか・・・ダンスで美しく日本を表現するために、日本に来るそうです。日本語とか日本の文化を学びたいって」

「日本文化を、クロアチアの女の子が――」

「はい。いいですか?」

「うーん・・・」

会ってみたいけれど、やっぱり即答はできない――

美月は海馬のココアを、落下の危険性のない、安心安全な位置へとずらしたが、その気持は少しも落ち着かない。

どうしよう――

漢検問題集のページを繰り、今の自分にぴったりの言葉がないか探してみたりする。

いろいろな気持がないまぜだ。YESと言えば、やってくるのはきっと落ち着かない超絶な展開。NOといえば失望され、退屈なゴールデンウィークは確実。

去年までなら間違いなくNO。でも先月はYESを選んでばかり選んできた。

気持が一つの熟語に収斂しない。

やけになった水野先生は、冗談半分で目についた熟語を組合せ、複雑な思いを少しずつ汲み取る方法で、わけのわからない自らの想いを、滅茶苦茶な並びで少年へ伝えた。

「正直言うと、自分でも頽堕委靡を感じてるから、挑戦してみたい気もする。でも・・・わたしがその子をエスコートするなんて、それこそ暴虎馮河じゃない? 私以外、たぶんきっと、みんなすごい人ばかりなわけだから、濫竿充数しなくちゃいけない状況ばかりだと思うし。鸞翔鳳集の予感しかないよ・・・どうしよう」

「うーん」

ヴィンセントは小さく頷き、口を開いた。

「たしかに先生の気持ちもわかります。そっかそっか」


わ か る の ?


「じゃあ、まずは・・・パナポヘ先輩に会ってもらうべきですね。そうだ、ここはパナポヘ先輩経由だな。きっと秉燭夜遊だろとか言いますよ、あの蓬頭垢面な感じで――」


『ヴィンセント海馬 漢検篇★5★』につづく

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