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4.鶴ヶ城公園

~今宵はどんなお酒を送ろうか~

女神とロ万 spin off 番外編


「おい、まだ咲いてねぇじゃねえかよ。桜」

ぶうたれた顔で男性は振り返った。
男性が振り返った先には「アハハ」と失笑して、そりゃそうだよね、と言い放つ笠松。

「ここは地域として東北に含まれるし、桜が咲く時期も関東に比べたら遅いよ。だってまだ3月でしょう。ちなみに会津は桜と梅が同時に咲くらしいよ。4月中旬くらいかな」

笠松は展望台の手すりに腕をかけた。

ここ、会津若松城(別名:鶴ヶ城)から見える街並みはとてもコンパクトでその後ろには飯盛山がドーンっと構えて座ってる。

その景色は不思議とずっと眺めていても飽きない。

さっきまで桜が咲いていないと文句をたれていた男性も今は黙り込んでジッとその景色を眺めている。

笠松は職場で仲が良い薬剤師、越谷翔と一緒に福島県会津若松市に遊びにきていた。
2人は霞ヶ丘酒井病院の薬剤部の薬剤師で同期生だった。

「相沢主任が2人とも有休余ってるから、新人入ってきて忙しくなる前に使っちゃいなさい、なんて言ってくると思わなかったし。まさかの、このタイミングで」

越谷が景色を眺めながら呟く。

「まあ、2月結構忙しかったし主任なりに気を使ってくれたんだよ。あの人結構周り見てるからな。だから主任なんだろうけれど」

そう言いながら笠松は鞄からカメラを取り出した。
カシャカシャと笠松のデジタルカメラの電子音がその場で鳴り響く。

この景色は桜が咲いていたらもっと華やかだったのかもしれない。

「にしても、笠松がせっかく男2人で旅行に行くなら会津が良いって言ったから、その意見にのったけれど、なんで会津なんだよ」

隣にいる笠松に視線を移して問いかける。

「相沢主任にお土産絶対買ってきてよね!って言われてさ。あの人、日本酒好きじゃん?前に飲み会で聞いたことあったんだけれど会津の酒でロ万っていう銘柄の酒が好きだって聞いたことがあって。会津も行ったことなかったし主任が好きなお酒お土産に買ってこれるなら、会津でもいいのかなってさ」

笠松が淡々と回答した後に越谷が、なーんだよ!と肩を下げた。

「それで会津若松の駅近くの酒屋で日本酒漁ってた訳な。まあ普段、俺ら、主任には世話になってるしな。主任のお土産理由に旅行先選ぶ理由も分からなくないわ。現にこうやって有休とらせてもらってるし」

平日だからなのか、観光してる客は少なかった。
そもそも天守閣まで行くのに階段を延々と昇るから、上まで行きたいという人じたいが少ないのかもしれない。

「笠松が買ったその酒、同じもの2本入ってたけれど、1本は相沢主任にあげると仮定して、もう1本は誰にあげるんだよ?なんか今日ソワソワしてるし、お前、ちょっと変じゃね?」

越谷が「もーしかしーてー?」とニヤニヤしながら笠松を見つめる。笠松自身があまり日本酒を好んで飲まないことを越谷は知っていた。

だとすれば、笠松が自分の為に日本酒を買うだなんて有り得ない。

「あ、いや、これは…その…確かにお土産なんだけれど」

突然の越谷からのツッコミにオドオドする笠松。
と、やり取りをしてる中、ピコン!と携帯から音がなった。

音は笠松のスマートフォンからだ。
笠松は慌ててスマートフォンの画面を開く。

越谷もなになに~?と笠松を冷やかすようにスマートフォンを覗き込んだ。

LINEの画面に写し出されたメッセージにはこう書いてあった。

【本日、108回薬剤師国家試験の合否が出まして、無事に合格することが出来ました。試験前に応援メッセージくださって、とても嬉しかったです。4月から霞ヶ丘酒井病院で薬剤師として働くことが出来ます。ご迷惑おかけすることもあるかもしれませんが、よろしくお願いします】

笠松のスマートフォンのメッセージを読み終えたのか、越谷は目を丸くした。

そうか。
今日は薬剤師国家試験の合格発表の日だったのか。

笠松がソワソワしていた理由が分かった。

「おい…藤本歩実って…。一昨年、笠松が初めて面倒見て手を焼きまくった優秀な実習生じゃん。え?来月からうちに来るの?!」

結果が分かって安堵したのか、笠松の目がホッとしてるのが越谷にも分かった。

「僕も相沢主任に最近聞いて知ったんだ。藤本さんがうちの病院に就職するって。驚いちゃった。あんなに病院薬剤師嫌がってたのに…病院薬剤師、楽しそうって少しは思ってもらえてたのかな」

越谷には、笠松が少し不安を感じてるのが分かった。
本人から実習楽しかったです、と直接言ってもらえた訳ではないし、仕事と実習じゃまた立場が違う。

実際に仕事してみて、歩実が仕事に対して嫌悪を抱かないだろうか、と笠松は思っているのだろう。

越谷が笠松の背中をトンっ、と叩く。

「あの2ヶ月半さ、笠松は死に物狂いで藤本さんに教えてたじゃん?自分の仕事もしっかりやりながらさ。ちゃんと伝わってるよ。うちの薬剤部は新人のフォロー出来ないようなクソな職場じゃないだろ?あと、先輩スタッフはお前だけじゃない。俺だって相沢主任だって、いる」

笠松は越谷の顔を見た。
さっきまで、おちゃらけていた顔が嘘のように真面目な顔になっていた。

「トラブルが起きたら皆でカバーし合えばいい。大丈夫。そうやって俺らもやってきたじゃん」

そうだね、と、笠松の顔から不安が消えたように笑顔になった。

「越谷…ありがとう。君が同期で本当に良かったよ。その時は頼らせてもらう」

笠松はお土産袋から4合瓶を1本取り出した。
桜が咲く一歩手前のこの時期に発売される
【花見ロ万】

南会津の酒蔵、花泉酒造の春限定のお酒だ。

薄いピンクの春風を感じさせるラベルに桜が咲いたような濃いピンクの文字。

「藤本さんもさ、日本酒好きらしいんだよね。優秀だから合格するだろうとは思っていたけれど、結果が出ていないのに渡すのもなんだかな、って。今日が国家試験合格の発表の日だったから丁度良かった」

笠松が瓶を見つめてそう言ってる横で越谷の真面目な顔が崩れて、ニヤニヤ顔に戻った。

「要するにそのもう1本の酒は藤本さんへの合格土産だったってことな。面倒見のいい笠松がやりそうなことだわ。納得」

天守閣から見える会津の景色に花見ロ万の瓶を被せて、笠松はスマートフォンで写真を撮る。

LINEに写真を添付して、文章を添える。

【国家試験合格おめでとう。丁度、会津に来ています。合格した藤本さんに飲んで欲しいお酒を買いました。合格にちなんで桜っぽい日本酒です。4月に職場でお会いした時にお渡しします。一緒に働けるのが今から楽しみです】

笠松はメッセージの内容を確認して送信ボタンをクリックした。

「キザやなぁ~」

越谷が安定の調子でニヤニヤしながら、茶々を入れてくる。

「こういう時しか先輩面出来ないんだから許してよ」

と、越谷の茶々に笠松が、ふざけて返答する。


不安でもあり、楽しみでもある。
皆で乗り越えていけばいい。

来月から、桜咲いた新米の薬剤師達が現場にやってくる ーー。


ー女神とロ万 spin off  【完】ー

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