#205 ”花の名”
”簡単なことなのに,どうして言えないんだろう
言えないことなのに,どうして伝わるんだろう”
BUMP OF CHIKEN(バンプ)の歌のこのフレーズを聞いたとき,胸に言葉が刺さりました.詩人の言葉は,いつも刺さるものです.
「簡単」と「伝わる」という二つの言葉が,文の中でその意味を微妙に変えていて,一読すると(あれっ??)と思わせる仕掛けがあります.
「言うのが簡単でない,簡単なこと」
「簡単なこと」の定義は,簡単ではありません.「○○するのが容易なこと」の ”○○” に何が入るかで,まる で意味が変わります(笑).
例えば,言葉にするのは簡単だけれど,実際に行動するのは難しいこと. 「言うは易し,行うは難し」な事柄です.考えて見えれば,人生ほとんどこのカテゴリーの事柄だらけな気がします.「毎日勉強します」「嘘はつきません」「いつも優しくします」 なんとまぁ,言うのは簡単だけれど,実際に行動するのが難しいことでしょう.たぶん誰もが経験済みと思います.
文章が短いほど,言い換えれば,状況の制約がなく一般的な状況であればあるほど,「いつでも」「どこでも」それを実行しなくてはならなくなります.前置きを付ければつけるほど,言うのは簡単ではなくなりますが,行うのはより簡単になります. 例えば,「今週は,毎日2時間勉強します.」テスト前ならだれでもできそうな文章です.
あるいは,今までできなかった理由や,お詫びの言葉など,言いにくいことがあればあるほど,本来簡単なことは言うのが簡単ではありません.
「言葉で伝えられない,伝わること」
言葉で伝えること,実はこちらの方がとても難しいものです.言葉の方が伝えやすいことがあるけれど,圧倒的に言葉では伝わらないことがあります.
例えば,(あなたを信頼しています)という気持ち,さてどうやって相手に言葉で伝えますか? いうのは簡単です,でも本当に伝わったでしょうか?もしかすると,言葉で伝えるときの,表情や相手を見つめる視線などがそれを伝えているのでは? だから,言葉を出さなくても,毎日その人を見つめる視線と表情,いつものように行動できているという事実,それだけで伝わっている気がします.信頼していない相手だと,確認や質問をせずにいられず,とてもいつものようにリラックスした状態ではなく緊張した表情はできません.特別に話さないこと,それ自身が既に相手に”何か”を伝えています.いつもと同じことと言う事実は,安定や安心の証拠です.(ただし,お互いにそれに気づいていないだけなのが,多くの場合ですが.)
前向きの言葉
バンプの歌が好きな理由の一つは,少しのシンドサをしみじみと表現し,少し前向きな力を与えてくれる言葉がつづられているところです.”花の名”では,次の部分.
涙や笑顔を 忘れたときだけ
思い出してください
同じ苦しみに 迷った
あなただけに 歌える唄がある
僕だけに 聴こえる唄がある
この歌詞から,次のことが頭に聞くたびに浮かんできます.
笑顔と一緒に忘れてしまった涙は,どちらの涙だろうか?
嬉し涙,それとも,悲し涙?
同じ苦しみとは,あなたと私が迷ったもの?
この唄は,言えないけれど伝わる,言葉では歌わない唄?
こう考えるように,抽象的表現や,意味の置換えや断絶を感じる詩を作るんだろうなと,藤原さんが設計した言葉の並びにいつも感心しています.詩人の言葉は,読み手・聴き手の頭の中に,疑問やドラマのシーンを自然と想起させます.