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女性の美しさを描いた作品、東京ミッドタウンでの展示が許されない件について

こんにちは。私、写真家のAI T ERADAと申します。
名前に背負った「愛」とは?をテーマに、写真を撮っています。

100人10というPRJで正式に選出決定

今秋、私は100人10(ひゃくにんてん)というコンテストに出品しました。(以下出品写真)

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そのコンテスト概要としては
・運営公式Instagram上でエントリーした者達の出品作品を期間限定公開→
いいね数上位者100名が選出される
・選出者の作品は2022/11/8-11/15に東京ミッドタウンで展示される
・選出作品はECサイト上で一律10万円で販売される

というものでした。元々Instagramの活用にも力を入れていた私は、周知の恰好の機会と捉え、作品を出品。皆様がいいねを押してくださり、おかげさまでエントリー数632名中、上位20%程にランクイン、晴れて選出いただきました。(以下写真、下から2行目)

運営様の公式アカウントのストーリー

歓喜するも、運営様から届いたご相談のメール

正式な選出者に対する一斉送信であろう、今後の流れについてのご案内メールに歓喜していると、私のもとにもう一通、個別にとあるご相談メールが届きました。
その核心部分のスクリーンショットがこちらです。


正当なアート作品、選出作品とするけど、"諸般の事情"により展示はできない

ちなみに、本コンテストにおいて何か規約などはないか、引っかかるものとなっていないかは事前に隅々まで確認した上で、出品時の写真は乳首部分が透けていました。それを選考場であるInstagramにあげる際には乳首を消して欲しいと運営様よりご相談を受け、加工を施していました。(それが上の写真。)
そこまでは、常々自身のアカウントに投稿する際も苦労していたので、予想の範疇でした。
ただ、展示自体まで諦めなければならなくなるとは…
ミッドタウンに展示するにあたり「乳首を消した状態での展示ならどうか」「見せないべきであるならば、もはや布をかけての展示はどうか」とも相談しましたが、どれも難しく、結果以下のような注意書きを展示する、というお話を飲まざるをえませんでした。

運営様もミッドタウン様もいたしかたなかったのだろう

正直、悔しいです。本来、選出された者には約束されていた特典。
ミッドタウンという、立派で大きくて名の知れた、インバウンドの方も含め沢山の方が訪れるであろうその場所で、展示いただきたかったです。
その特典に魅力を感じていたからこそ。
ただ運営様からのメールは、たかがいち選出者の私に対してもすごく言葉を選び、丁重にご対応くださっていたということが手に取るように感じられましたし、できる限りの手を尽くしてくださったのだと思っています。感謝しています。
それにミッドタウン(=三井不動産)様側としても、国内有数の大企業として、少しでも問題になりそうなものは芽から摘み、石橋を叩いて渡らなければならなかったのでしょう。
この私の写真が芸術としてどうかなんて事はきっと論点ではなく。
少しでも"やばそうなもの"である、それだけで、弾かざるをえなかったんだと思います。
この記事をご覧になられている方が大手企業などで、常にいわゆる「コンプラ」と戦っている方なら、もしかしたら「でしょうね」と、運営局とミッドタウン様に同情されたかもしれませんね。

そんな日本、どうなの?

私の無念、やり場のない闘志の矛先は、そんな2者に対するものではもはやありません。そんな"日本社会"全体に対するものです。
他人からしたら、こんな表現者の端くれの作品がどうなろうが何も困らないでしょうし、芸術は大海原のようにいろーーんなアプローチがあるでしょう。それくらいわかっています。この方向性にこだわらなくてもって。
ただ、私は憲法の「表現の自由」のもと、この作品に熱い想いを込めていたし、いやそんな主観を差し引いても、言語化・データ化できる事実として、この写真はそもそも、乳首や性器さえ映っていないし、ましてや裸体ですらない。
それでも、問題となりそう、展示すべきでないだろう、とすると、現代の日本の風潮自体、どうなんでしょう?何に抑制され、怯え、何と戦っているんでしょう。私のこの写真、

誰かを傷つけるものでしょうか?不快にさせるものでしょうか?欲情を促すものでしょうか?

勿論、0じゃないかも知れません。でもそんなこといったら、どんなにきちんと服を着ていたり、首から上のみが映った美女の写真だとしても、欲情を促す可能性はあるでしょう。何からだって、いかがわしいことを想起させる可能性はあります。なら全ての肖像写真、人物のイラストなどももう展示できなくなりませんか。

人間の姿を美しいものと捉えること自体間違っているというのか?

「それでも、ちょっとでも、おっぱいをイメージさせようとしている、それ自体が駄目なんだよ」
本件を、大企業勤めの知人に話した際にはそう言われました。
…だとしたらどうなんでしょう?今を生きる皆様は、
人間の体、おっぱいを美しいと感じないんですか?この感覚自体がおかしいのでしょうか?(この議論において、いや自分はお尻に対しての方がフェチだとかそういう話は置いてください)
そんな訳はないです。生まれたての赤ちゃんこそ、おっぱい大好き。
ミロのヴィーナスやダビデ像の時代から、私達のDNAは変わっていない。
柔らかな女性の丸みを帯びた体や、筋肉質な男性然り。
人間が人間の体を美しいと思って、その美しさを称え表現しようとして何が悪いんでしょうか。
それはご指摘の通り、"公共の場にふさわしくない”ようなものなんでしょうか?
むしろ全人類にとって共通のテーマだと私は感じるのですが…

無論

もしかしたら飛んだお門違いで、私の想像に及ばないことで展示を禁じられたのかも知れません。
またこの写真が、自身の届きたいように各人にきちんと届くものとなっているのか。芸術として成立しているのかは、わかりません。どんな評価を受けようが、全て当然のものとして受け止めるべきだとも理解しています。
好きだとか嫌いだとかどうでもいいとか何も感じないだとか。

もとより芸術だ、なんて漠然とした定義で、数値化できない価値です。
万人の理解を得られる訳がないのです。
私個人の「芸術」というものの解釈としては
「何か受取手に、新たな視野や気づき、想像、可能性、未来を与え得るもの」
なのですが、本作がそうなり得ているかもわかりません。
でも、その答え合わせも、まずは人目に触れなきゃ。作品は旅にも出られないのです。笑

ということで、そんな出来事に見舞われた本作、東京ミッドタウンではご覧いただけませんが、

以下より購入可能

です。

結局宣伝かよ!と思われそうですが、展示できない分、何かしらの周知はすべき、そこまでが作り手自身の責任ですよね?
こんなブツブツ記しておいて、表現者としてひよっこすぎて、サイン入れるの忘れてしまいました…
もしご購入くださった方には、直接伺ってサインさせていただけたらなあ、なんて考えたりもしています。国を超えてでも。笑
どうぞご贔屓に!

ここまでご愛読くださった方、誠にありがとうございました。


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