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消えかけの足【AIショートショート】

N氏は現代社会で働くサラリーマンであった。これといって特色は無く、平均的な年収で、地味な仕事についており、休日も時たま少ない知人と遊ぶくらいでこれといった趣味もない。しかし悲観するような生活でもなく、強いて言えば結婚願望が少しあるくらいの所謂、普通のサラリーマンだ。

そんなN氏はいつものように満員電車に揺られていた。朝のラッシュアワー、汗ばむ体と押し合う人々。これもサラリーマンの日常である。

ある日、いつも通り満員電車に乗っているN氏はつり革片手にスマホで漫画を読んでいたが、ちょうど空いた座席を見つけたため座り込み、やることもなく、ふと目をつぶった。

その瞬間だった。さっきまでの騒音が一切なくなり違和感を感じた。耳を澄ましても何も聞こえず、思わず目を開けると、、、すべてがモノクロになっていた。

驚いて辺りを見回すと、電車は進み続けているが、乗客たちは無表情のままだ。誰も話さず、誰も動かない。N氏は恐怖を感じ、隣の乗客に話しかけた。

「すみません、何が起きているんですか?」

その乗客は「はぁ〜」とだけ答えた。よく見ると、その乗客の足元が薄くなっている…まるで幽霊のようだ。N氏はさらに恐怖に駆られ、他の乗客にも話しかけるが、誰もが同じ反応を示す。無表情で「はぁ〜」とだけ言うだけで目も合わせてくれない。

たじろぎ、転んでしまったN氏に更に恐怖が襲う。なんと自分の足も半分程消えかかっているのだ。まだ歩く感触はあるが、明らかに薄くなっている。どういう原理かも分からないが、本能が危険を呼び掛けていた。

N氏は電車を降りようと決意し、次の駅で降りることを決めた。しかし、電車は止まらず進み続ける。窓の外を見てみると、景色はずっと同じ住宅街が繰り返されている。まるで時間がループしているかのようだ。

パニックに陥ったN氏は、ドアに駆け寄り、必死に開けようと試みた。しかし、ドアはびくともしない。周りの乗客たちは無表情のまま、彼の行動に全く関心を示さない。N氏は叫び声を上げ、窓を叩いたが、誰も助けてくれない。

「ここから出たい!助けてくれ!」と叫び続けたが、返ってくるのは乗客たちの無表情な「はぁ〜」という声だけだった。N氏は絶望感に打ちひしがれ、心の底から恐怖を感じた。

「もしかして、自分はもう死んでしまったのか?」N氏はそう思い始めた。
心臓が激しく鼓動し、息が苦しくなる。

「元の世界に返してくれ!俺はまだ死にたくない!」
何とかこの異様な世界から逃れようと、暴れるが音の無い世界ではあまりにも滑稽であった。

N氏は力尽き、空いている座席に座り込んだ。回りの人々の足元が益々消えていくのを見て、覚悟をしてN氏は自分の足元を見る。すると徐々に足元が濃くなっている。

「あれ…?」

足元がもっと消えている覚悟をしていたため、違和感を感じた。

その瞬間、N氏は元の世界に引き戻された。電車は再びカラーで、騒がしい音が耳に戻ってきた。安堵の息を吐き、汗を拭いながら周りを見回すと、いつもの通勤風景が広がっていた。

だが、目の前に立っている無表情なサラリーマンの顔を見て、N氏はふと思った。

「気を抜くと幽霊になるな。」

N氏は足元をしっかり確認し、ちょうど着いた最寄りの駅を気力に満ちた顔で降りていった。

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