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わがままな客【ショートショート小説】

N氏はホテル「ファーブル・イン」という老舗ホテルの支配人だった。ここではあらゆる動物がお客様として来客される。N氏は老舗ホテルとしてのプライドをもって、お客様のわがままとまで言える要望に柔軟に応えていた。

ある日、N氏が支配するホテル「ファーブル・イン」にお客様が到着した。彼は老いた猫で、名前はミスター・ホワイティだった。ミスター・ホワイティはフロントデスクに歩いてきて、やや傲慢な態度で言った。「私の部屋はどこですか?爪とぎボードはちゃんとありますか?」

「もちろんです、ミスター・ホワイティ」とN氏は笑顔で応えた。「ご案内いたします。」

部屋には、特別製の爪とぎボード、ふわふわのベッド、そして窓際に設置された日向ぼっこ用のスペースが完備されていた。ミスター・ホワイティは満足そうに喉を鳴らし、部屋に収まった。

続いて、次のお客様が訪れた。ピンクのリボンを巻いたプードルのマダム・ココだった。彼女はフロントデスクに来るとすぐに、「私はラベンダーの香りが好きなの。部屋にアロマディフューザーをお願いね」と注文した。

「もちろんです、マダム・ココ」とN氏は迅速に手配した。彼女の部屋には、高級感あふれるアロマディフューザーと、彼女のためだけにデザインされた豪華なベッドが用意されていた。

更に、元気なコーギーのミスター・バディがやってきた。彼はエントランスで興奮しながら尻尾を振り、「広い庭で走り回りたいんだ!」と叫んだ。

「庭はすぐこちらです、ミスター・バディ。お好きなだけ走り回ってください」とN氏は微笑んで案内した。庭には、犬用のアジリティコースや、噴水付きのプールが完備されていた。ミスター・バディは大喜びで飛び込んだ。

N氏は何事もなく対応できたことに、安堵した。
「メジャーな動物のお客様はある程度、要望が決まっているからまだ安心だ」
珈琲を一杯優雅に飲みながら落ち着いているとフロントノベルが鳴った

フロントには、知的なふくろうのプロフェッサー・フープが訪れた。彼は深い声で、「静かな読書室をお願いしたい。あまり明るくない環境がいい」と要望を伝えた。

「かしこまりました、プロフェッサー・フープ」とN氏は図書室に案内した。薄暗い照明と心地よい椅子が整えられた部屋で、プロフェッサー・フープは満足げに本のページをめくり始めた。

この後も、馬のボディービルダーにトラック付きのジムを紹介したり、リスの小説家に作業に没頭できる真っ暗な穴の部屋を案内したりとあらゆる要望に対応するN氏。日々のオーダーに苦労しつつもN氏は器用に対応をするのであった。

そして、ある日、N氏は珍しいお客様を迎えた。今度は人間の客だった。名前はジョン・スミス。彼はチェックインカウンターにやってきて、不機嫌そうに言った。「部屋は一番暖かい場所でお願いします。あと、羽毛アレルギーだから、毛布はアレルギー対応のものにしてくれ。」

N氏は迅速に対応しようとしたが、ジョン・スミスは続けて要求を追加してきた。「バスルームには滑り止めマットが必要だ。それから、枕は硬めがいい。あと、Wi-Fiのパスワードも忘れずに教えてくれ。それと、夜中に騒音があったらすぐに対応してほしい。バスの時刻表も知りたいし、近くのレストランのおすすめも教えてくれ。」

N氏は一瞬たじろいだが、すぐにプロフェッショナルな微笑みを浮かべて応えた。「かしこまりました、ジョン・スミス様。すべてのご要望に対応いたします。」

ジョン・スミスが部屋に入ると、さらに文句を言い始めた。「この部屋、ちょっと寒くないか?暖房が足りないみたいだ。それに、窓の景色ももっと良い部屋に変えられないか?」

N氏は何度も深呼吸をしながら、全ての要求に対応しようと努めた。しかし、ジョン・スミスの注文は次々と終わることがなかった。

夜になり、N氏はデスクに戻り、一日の疲れを感じていた。動物たちの要求は時に奇妙であったが、どれも理解しやすく、対処しやすかった。しかし、ジョン・スミスの細かな注文には疲れ果てていた。

N氏は年期の入った椅子に座りこみ、深いため息をつく。
「これだから人間はほんとに我儘だ」

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