10歳年上のバリキャリと、一夏の恋【出会い系シリーズ⑤】
10歳年上だった。
当時私が22歳で、向こうが32歳。
tinderの写メを見て、綺麗な横顔だな、と思ってライクした。
すると、すぐにマッチした。
「すごい美人だったので思わずライクしてしまいました」
そんな私の一言からやりとりははじまる。
3日後にはLINEを交換していた。
私が「今日暇なんですよね」と言ったら、仕事が終わったあと、会ってもらえることになった。
新宿東口の交番前で待ち合わせをした。いつもは緊張しないのに、相手は年上ということもあってその日はドキドキした。
夏だったから、六時半だというのにひどく明るかったのを覚えている。
彼女は写メのとおり、綺麗な顔をしていた。
「今日、すっぴんで来ちゃったよ」
第一声はそれだった。
まつげの長い彼女は、化粧なんて必要ないんじゃないかと思うほど美人だった。
想像していたよりも身長が低く、150センチくらいで、可愛らしくもあった。
あまりお腹が減っていないという彼女を連れてドトールへいく。
4階の端っこの席だけがかろうじて空いていた。
カフェオレを吸いながら、仕事の話をする。
「今私はね、あそこで働いてるの」
彼女の指さした先には、新宿の見慣れたビルがあった。
名前を聞くと、誰もが知っている大手保険会社で、企画職をしていると言う。
「あなたは?」と聞かれたので、
コピーライター職に就くことが決まっていて、学生生活もあと少しなのだと言った。
就職活動にひどく苦戦した、という私の話を彼女は興味津々で聞いた。
一通り話し終えると今度彼女は、自分が実際に人事で面接した時のことを話し出した。
「エントリーシートなんて大学名しか見てないよ。面接の合格不合格は、ほとんど面接官の好みね」
仕事について話す彼女は、熱意をはらんでいた。バリキャリなんだな、と思った。プライベートでもずっとこんな話をしているのだろうか。私には、恋愛をしている彼女がどうしても思い浮かばなかった。とても真面目な人だと思った。
「仕事をするうえで大事なことを2つ教えてあげる」
彼女は、先生みたいな口調で言う。
「挨拶とお菓子。挨拶はね、特にフレックス制のところは大事。その人がいつオフィスに来て、いつ帰るのかなんて、ちゃんと挨拶してもらわないと分からない。だから、挨拶しないとは影が薄くなるし、印象も悪くなる。
お菓子はね、打ち合わせの時に相手に渡すの。私はブラックサンダーを箱で買っておいて、いつでもプレゼントできるようにしてる。些細な気遣いでも、けっこう効くもんだよ。
この2つをちゃんとやってたおかげで、私はまだ人間関係で悩んだことないんだ」
仕事の話をしていたら、気付けば1時間半経っていた。
彼女の話は参考になることばかりで、私のメモ帳は見開き1ページが真っ黒になった。
そろそろお腹が空いてきたと彼女が言い、彼女おすすめの餃子屋に行くことになる。
餃子屋はドトールのすぐ近くにあった。
15分ほど列に並んで、中に通された。
お酒に弱いという彼女は、レモンサワーを頼んだ。
乾杯をしたあと、すぐに顔が赤くなっていた。ずっと強張っていた彼女の表情はほころんで、笑顔になる回数が多くなった。
「いしだくんはじゃあ、もともとは小説家を目指してたんだね」
私は頷く。夢破れたあと、渋々社会人になろうと思って、コピーライターを選んだのだった。
「実は私、前職で小説の編集してたんだ」
そう言われて、「えっ」と言う声が思わず漏れた。
しかもそのあと、彼女の口から出てきたのは、超大手出版社の名前だった。過去に担当した作品は、私が読んだことのある小説ばかりだった。
唖然としている私に、彼女はさらに追い討ちをかける。
「○○さんはね、締切をちゃんと守る人で業界でも有名。病気で入院してるときもちゃんと小説書いてたらしいよ。■■さんはね、プライベートでも仲良しで、毎年豪邸に招待してくれるの。また今度みんなでバーベキューするんだあ。」
「あと一時期はね、小説家になろう、ってサイトからスカウトする仕事してた。でもね、やっぱネットはダメね。下手くそな文章ばかり読んでたら私も文章下手になってた。いしだくんは、物書きになるんだから、ちゃんと文庫とか単行本を読んだ方がいいよ」
彼女は、私の知らない世界をたくさん知っていた。
羨ましくもあると同時、彼女が編集をはじめた動機と辞めた理由が気になった。
真っ赤な顔をした彼女に、質問をぶつけてみる。
「もともとは私も小説好きで、文章に携わる仕事に就きたかったんだよね。そしたら、キャバ嬢の友達が、○○社の部長がお客さんにいるから、紹介してあげようかって言われたの。そこで面接してもらって晴れて合格ってわけ。
辞めた理由はね、単に激務に疲れたのと、あとはもう学ぶことないかなって思ったの」
飄々と彼女は言った。
きっと、なんでもできる人なんだな、と思った。
私も今度小説を書いたら見て欲しい、と彼女に言ってみた。すると、
「一応プロでやってたわけだから、お金とるけどいい?」
と冗談ではなく、ガチトーンで言われた。
そこで、なんとかならないかと案を出しまくり「賞を受賞したら賞金の三割」ということで話がまとまった。
餃子屋を出て、ゴールデン街をぷらぷら歩く。酔っている彼女は会ったときの生真面目さは消えてご機嫌だ。スキップでもしそうなくらい足取りは軽快、まるで少女みたいだと思った。なんだか、そのギャップが異性として魅力的だった。
手をつないだりできないかな、と思った。
ゴールデン街を出て、公園へと足を踏み入れる。
人の気配はない。チャンスはそこしかなかった。
勇気を出して、彼女の中指と薬指の先を握ってみた。
そしたら、何も言わず握り返してくれた。
新宿駅の改札前で「次いつ会えるの?」と聞いてみた。
「いつでもいいよ」と彼女は言う。
バイバイするときに、そっと離れた小さな手が、とても寂しかった。
1回会っただけなのに、私は彼女のことが完全に好きになっていた。
それから1週間後、私はまた彼女と会うことになる。
【後編に続く】
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